第4話 決闘
五クラム程の距離を取って、ヒュウガとロウは対峙している。
ロウは手を交差して剣にかけたまま、抜刀をしていない。
「模擬戦では五戦やって、私が五勝……圧勝だったぞ?」
「じゃあ、やってみな。」
ヒュウガの挑発を受け、ロウが一足飛びに距離を詰める。
同時に抜刀、猛烈な勢いで連続突きを見舞った。
一秒間に八連続の突きを見舞うロウの必殺技、『幻影突き』だ。
だが、ヒュウガはその突きを完全に見切り、ギリギリを躱していく。
「ダメだな、それじゃ。
進歩がねぇぜ?」
軽く間合いを離し、ヒュウガはニヤリと笑った。
それを聞いたロウもまた、ニヤリと笑う。
「私の『幻影突き』がこの程度と見切った貴様の負けだ。
次は本気でいく。」
再び間合いが詰められ、連続突きがヒュウガを襲った。
だが今度の『幻影突き』は、速度も速く、間合いも深い。
一秒、二秒と、切っ先の嵐が乱れ舞う。
ヒュウガはそれを躱し続けたが、やがて切っ先の一つがその頬を捕えた。
一筋、頬に血が流れる。
ヒュウガはまた大きく間合いを離し、頬の血を親指で拭った。
「面白れぇ。
じゃあ、こっちも手加減抜きだ。
一発で沈めてやる。」
ヒュウガがゆらり……と倒れ込むような動きを見せる。
次の瞬間、大地が激しく蹴り飛ばされ、ヒュウガの姿はロウの懐に現れていた。
「……っ!?」
ロウが何か言葉を発しようとしたのと同時に、ヒュウガが右拳を鳩尾に押し込む。
拳が一瞬輝いたように見えた。
気功術『発頸』。
『気』の塊を拳や掌底に乗せて、相手の身体の内側へ叩きこむ必殺の一撃。
一撃を受けたロウは、吹き飛ぶこともなく真下へと崩れ落ちる。
「き……貴様……手を抜いていたのか……?」
うずくまった姿勢のまま、ロウは唸るようにヒュウガへと言葉を投げる。
「違うな。
手を抜かざるを得なかったってのが正しい。
コッチが俺の本性だってこった。」
ヒュウガは冷徹な表情でロウを見下ろす。
五番隊の隊員二人がロウへと駆け寄ってきた。
「来るなっ!」
ロウが強い口調でその二人を制する。
そのまま剣を地面に突き刺し、何とか立ち上がろうと、彼は必死にもがく。
「やめときな。
先の一撃はかなり深く『通った』はずだ。
まだやるってんなら、次はその命頂くぜ?」
「狩人風情の貴様に負けたとあっては、五番隊隊長の面目が立たん!
せめて一太刀報いてから逝かねばならぬ!」
「バカが……。」
ヒュウガは右拳を掴むような形に開き、大きく後ろへ引き絞った。
右掌に光が生まれ、徐々に収束していく。
「そこまでだ!!」
大喝が野原に響き渡った。
ヒュウガとロウの目が同時にグリムワルドの顔へと向けられる。
「この勝負、ヒュウガの勝ちだ。
このまま続けて、五番隊の隊長を失うわけにはいかん。
故にこの決着、私が預かる。
今回の作戦は、ヒュウガ、お前の好きにやれ。」
「お墨付き、でいいんだな?」
「うむ。」
グリムワルドの頷きを見たヒュウガは、ようやく安堵のため息をついた。
「んじゃ、クリス。お前の手伝いが欲しい。
後はエルマーとテオだ。揃ったところで本格的に始める。
その間、何人か捕えている間者どもに偽の情報を吹き込んで泳がせてほしい。
シャーワイユの財宝はブルメンスの森にあり、ってな。」
「よろしいでしょうか、長官?」
クリストフがやや心配そうに、グリムワルドへと尋ねる。
グリムワルドは短く賛意を伝えると、再びローブを羽織り、フードを被った。
しばしの間の後、何とか息を整えたロウが口を開く。
「悔しいが……長官の意見がこうなっては、我々は協力するしかない。
間者どもを泳がす件については、私が責任を持って引き受ける。
安心しろ。」
「アンタの腕前と義理堅さは信じてるよ。
面倒だが、よろしく頼む。」
ヒュウガの言葉が終わるか終わらないかの内に、雪がまたちらつき始めた。
ロウはグリムワルドを先導するように馬を歩ませる。
五番隊の隊員も、長官を護衛するよう周囲に馬を進めた。
丸木小屋の前には、ヒュウガとフローレンス、それにブランとクリストフが残されている。
「クリス。細かい点を詰めるぞ。
家に入れ。」
ヒュウガは玄関の扉をあけながらクリストフを呼ぶ。
呼ばれた彼は、改めて寒さに身震いし、開かれた玄関に向かっていった。
降る雪の量は徐々に増していく。
冬はもう近くまで来ていた。




