第3話 シュタインバッハ中将
「よく私だと解ったな?」
禿頭の男――『影の兵士隊』長官、グリムワルド・シュタインバッハ中将は、静かにヒュウガへと語りかけた。
「人を人とも思わねぇロウのヤロウが、他人に頭を下げるなんざ普通は考えられねぇからな。
しかも反射的にやっていたとなりゃ、相当の上役……つまりアンタしかいないってことになる。」
スラリと答えるヒュウガに対して、苦虫を噛み潰したかの表情を見せるロウ。
その横でグリムワルドは苦笑いを見せている。
「しかし辞めたとたんにオッサン呼ばわりとはな。
大した鼻っ柱だ。」
「生憎、コッチの生業に身分なんざ関係ねぇ。
皇帝陛下にしたって、便宜上『陛下』と呼んじゃいるが、見限った時はボロクソに言わせてもらうぜ。」
「貴様……!」
隊員の一人が気色ばみ、剣へと手をかけた。
ヒュウガは敵意を秘めた視線を、そちらへと向ける。
剣に手をかけ今にも抜刀しかねない、一触即発の空気が漂った。
そんな張り詰めた空気を、グリムワルドの大笑が破りさる。
「私は、お前のそう言う鼻っ柱が気に入っていたのだがな?
だが、まあお前の言う通りではある。
中尉の作戦を聞いた場合、陛下の眉も曇るだろう。」
「しかし長官……!」
ロウの口から何か抗議の言葉が出ようとしたところと、グリムワルドが遮った。
「ヒュウガ。お前はどうしたいのだ?
この件、本来はお前の物だぞ?」
グリムワルドの言葉を聞き、ヒュウガはニヤリと笑い、答え始める。
「まず一点は、この件を俺たち二人に任せるということだ。
多少の手伝いを借りられるならありがたいが、部隊を率いるのは勘弁だな。」
グリムワルドの目を見つめ、ヒュウガが言った。
続いて、その目はロウの顔へと向かう。
「もう一つは森の中のみでケリをつけるという事。
冬の森なら何かと融通が利く。村まで巻き込む必要なんざねぇよ。」
ロウがヒュウガの顔を睨みつける。
ヒュウガはそんな顔を一瞥し、再びグリムワルドへと向き直った。
「最後に……このフローレンスの亡命を認めてやってくれ。
コイツはもう、マウルを捨て、この最後の一件をもって命を捨てる腹でいる。
ムダに命を捨てるぐらいなら、まだ何か可能性ってのを見せてやりてぇんだよ。」
静かに語るヒュウガに、グリムワルドがスッと尋ねた。
「惚れたのか?」
「そうじゃねぇとは言わねぇが……。
助けたヤツに目の前で死なれちゃ、寝覚めが悪すぎらぁな。」
「ふむ……。」
ひとしきり話し終えたヒュウガの言葉を聞き終えると、グリムワルドは顎に手を当てて考え始めた。
その横からロウが言葉を挟んでくる。
「長官。こんな虫の良い話を聞き入れる必要などありません。
自分の目算による計画をもってすれば、マウルの諜報に大打撃を与えられます。」
憤慨するロウに向けて、ヒュウガが口を開いた。
「賭けをしねぇか?」
「賭けだと?」
「本気モンの真剣勝負。タイマンである以外、何を使っても良し。
んで、勝った方の話が通る。
シンプルだろ?」
「面白い。」
ロウが腰の左右に佩いたショートソードに手をかけた。
「いつから始める?」
「いつでもいいぜ? 来な。」




