第2話 条件
「貴様が『妖』であるという証拠が欲しい。」
ロウは静かにフローレンスへ話しかける。
その言葉を受けたフローレンスは、手にした短剣を大きく放り投げた。
「『間者狩り』と呼ばれた貴様なら、その短剣を見れば解るはずだ。」
草むらの中、白銀に輝く短剣。
ローブの男はいそいそと短剣を取り、そのままロウの下へと駆け寄っていく。
ロウは軽く頭を下げると、ローブの男から短剣を受け取った。
「蛇、か……。」
鞘に目を走らせ、抜き身にした短剣をさらに検める。
握り手を強く握ると、刃先からドス黒い液体が滲み出てきた。
「成程な……。
蛇の紋章を鞘に彫り込んだ、暗殺・自決用の短剣。
少なくとも『シャーワイユの魔女』の一人であることは間違いない。」
短剣を再び鞘に戻し、ヒュウガに向けて投げるロウ。
ヒュウガは無表情で短剣を宙で受け取り、ロウに話しかけた。
「で、どうなんだい?
お前ぇさんが出張ってきたってことは、何か条件付けにきたんだろ?」
「その通りだ。」
ロウは見下すような目つきをヒュウガに投げかけたまま答える。
「条件は三つだ。
一つ目は、この作戦、我々五番隊が仕切る。
元『影の兵士隊』とはいえ、市井の狩人風情では些か心許ないからな。」
「な……ッ!?」
クリストフの顔面に朱が注ぎ込まれた。
彼にとって、尊敬の対象である元隊長への侮辱は聞き捨てならないものだ。
そんな彼の顔色を無視して、ロウが続ける。
「二つ目は、作戦区域をこの村全域に広げる。
誘いこむ網は広い方がいい。」
「なんだと……!?」
続いてフローレンスが柳眉を逆立てた。
彼女がここまで怒りを露わにしたということは、それが抜き差しならぬほどのものだといえる。
「最後はこの『妖』を我々の管轄で捕虜とする。
異論は認めん。これは決定事項だ。」
「ふ……ン。噂通りの辣腕だ。
確かにお前ぇさんの条件、理には適ってる。
だが、その条件を飲めってんじゃ、どうやっても譲れねぇな。」
「何故だ?」
「お前ぇさんのやり様は完全に軍の作戦だ。
そうやって行動おこすってんなら、まず村人たちの退避が必須だろう。
確かに『影の兵士隊』は汚れ仕事の特務部隊だ。
だが、正規兵であることを忘れちゃならねぇぜ?
村人の被害は最小限……いや、ゼロじゃなきゃならねぇ。
そうじゃなきゃ特務部隊の名が泣くってもんだ。」
「だから何故だ!? 譲れぬというなら理由を言え!!」
ロウが苛立った声で詰問する。
今度は逆に、ヒュウガがロウを見下すような視線で言葉を叩きつける。
「わかんねぇのかい?
お前ぇさんのやり様は、皇帝陛下の顔に泥を塗りかねねぇんだよ。
間者狩りの任務にかまけて寒村を戦場にしたとあっちゃ、他の国民の覚えが悪ぃ。
陛下は臣民に、今は耐えて欲しいと頭を下げている。
全ては国民の結束を保つためだ。
それをご破算にするような作戦なんてのは、どう考えても許されねぇだろ?
なあ、グリムワルドのオッサンよ!」
ヒュウガが、一際大きく声を上げた。
それを聞いた隊員たちのギョッとした視線が、ローブの男に向けられる。
そのローブの下の男の顔は、苦笑いを浮かべた禿頭の赤ら顔だった。




