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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第4章 -収穫祭-
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第11話 『間者狩り』

 月が高く上がった深夜。ヒュウガの家の扉が開いた。


 ブランが出迎えるように玄関までやってきたが、鼻をクンクンいわせた瞬間、プイとそっぽを向いて自身の寝床へと潜り込んでいく。


「た、隊長……あれは?」


「アレとか言うな。アイツぁ俺の相棒でブランっていうんだよ。

 酒臭いのは大嫌いだから、向こうに行っちまったんだな。」


 慌てた声のクリストフに、ヒュウガが答える。


 その二人の横をスイっと通り抜け、フローレンスが炊事場に向かっていった。


「酔い覚ましにコーヒーを淹れる。

 少しスパイスを入れると、より効き目がある。」


「頼むぜ。

 その前に、まずは水でも飲むか。」


 ヒュウガはそう言うと、水瓶からカップに水を汲み、がぶりと飲み干した。


 もう一杯、別のカップに水を汲み、クリストフに差し出す。


 クリストフは丁寧に礼を言うと、ゆっくりと水を飲んでいった。


「それで、隊長。

 自分にやらせたい事とは何です?」


「ん……この『あやかし』の復讐を手伝ってもらいたい。」


 スパイスの風味が混じった香しいコーヒーを前に、ヒュウガが静かにクリストフへと告げる。


 そのヒュウガの言葉を聞いたクリストフは、驚きと怒りの入り混じった表情を見せ、ヒュウガに詰め寄った。


「どういう意味です!?

 戦争も間近いこの現状で、敵に塩を贈れと!?」


「話は最後まで聞け。

 シャーワイユ侯粛清の件は知っているだろう?」


「ええ……一応は……。」


「そしてここにいる『妖』は、シャーワイユ侯の懐刀だった女だ。

 ソイツが復讐したいとなれば、討つべき仇は誰になる?」


「まさか……今の彼女は、王国を裏切った……?」


「その、『まさか』。

 私の討ちたい敵は、諜報局副長官、ゲシノク・バートランド。」


「いや、待ってくれ。えー……『妖』と呼んでいいのか?」


「フローレンスと呼んで欲しい。」


「分かった、フローレンスだな。

 そのゲシノクという男、今は諜報局の長官に納まっているという情報がきている。

 その点はどうなんだ?」


「想定内。

 あの男は地位、名誉、財産に執着する俗物。

 そうなるのは時間の問題だと考えていた。」


 コーヒーを啜るクリストフに向け、フローレンスは涼やかに答える。


 クリストフはカップを置くと、ヒュウガに向けて口を開いた。


「つまりは、このフローレンス女史の復讐として、ゲシノクという諜報局長官を殺害したい、と、こういうことですか?」


「ご名答だ。ま、俺のしがらみも大いに絡むところはあるがな。

 なんにしても、そのための手筈として、少しだけ部隊の情報網を借りたい。」


「む、無理を言わないでください!

 今の隊長は飽くまでも民間人です!

 そんなことは決してできませんよ!」


「それを決めるのは、お前ぇじゃねぇさ。

 コッチのお偉い長官様が決めることだろう?

 お前ぇさんは上申すればいい。

 五番隊のチャン・ツェン・ロウ辺りからなら、話は通るはずだ。」


 ヒュウガがこの名前を出した瞬間、フローレンスが口を開いた。


「その名前、聞いた記憶がある。

 確か『間者狩り』。」


「その通り。

 上手くこの策が成れば、敵方の諜報網に少なからず傷を負わせることができる。

 ロウの野郎なら、真剣に話を聞いてくれるぜ?」


 ニヤリと笑うヒュウガを前に、クリストフは深く考え込み始めた。


 その様子を、フローレンスは冷ややかに見つめている。


 二、三分も考えこんだだろうか、クリストフは意を決したように口を開いた。


「分かりました……ロウ中尉に話を通してみます。

 ただ、内容によりますよ?

 あまりにも損耗の激しい作戦だったら、この場で却下しますからね?」


「その心配はねぇよ。」


 ヒュウガは先の笑みを残したまま答える。


「やるのは、俺たち二人と一匹だけだ。」


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