第11話 『間者狩り』
月が高く上がった深夜。ヒュウガの家の扉が開いた。
ブランが出迎えるように玄関までやってきたが、鼻をクンクンいわせた瞬間、プイとそっぽを向いて自身の寝床へと潜り込んでいく。
「た、隊長……あれは?」
「アレとか言うな。アイツぁ俺の相棒でブランっていうんだよ。
酒臭いのは大嫌いだから、向こうに行っちまったんだな。」
慌てた声のクリストフに、ヒュウガが答える。
その二人の横をスイっと通り抜け、フローレンスが炊事場に向かっていった。
「酔い覚ましにコーヒーを淹れる。
少しスパイスを入れると、より効き目がある。」
「頼むぜ。
その前に、まずは水でも飲むか。」
ヒュウガはそう言うと、水瓶からカップに水を汲み、がぶりと飲み干した。
もう一杯、別のカップに水を汲み、クリストフに差し出す。
クリストフは丁寧に礼を言うと、ゆっくりと水を飲んでいった。
「それで、隊長。
自分にやらせたい事とは何です?」
「ん……この『妖』の復讐を手伝ってもらいたい。」
スパイスの風味が混じった香しいコーヒーを前に、ヒュウガが静かにクリストフへと告げる。
そのヒュウガの言葉を聞いたクリストフは、驚きと怒りの入り混じった表情を見せ、ヒュウガに詰め寄った。
「どういう意味です!?
戦争も間近いこの現状で、敵に塩を贈れと!?」
「話は最後まで聞け。
シャーワイユ侯粛清の件は知っているだろう?」
「ええ……一応は……。」
「そしてここにいる『妖』は、シャーワイユ侯の懐刀だった女だ。
ソイツが復讐したいとなれば、討つべき仇は誰になる?」
「まさか……今の彼女は、王国を裏切った……?」
「その、『まさか』。
私の討ちたい敵は、諜報局副長官、ゲシノク・バートランド。」
「いや、待ってくれ。えー……『妖』と呼んでいいのか?」
「フローレンスと呼んで欲しい。」
「分かった、フローレンスだな。
そのゲシノクという男、今は諜報局の長官に納まっているという情報がきている。
その点はどうなんだ?」
「想定内。
あの男は地位、名誉、財産に執着する俗物。
そうなるのは時間の問題だと考えていた。」
コーヒーを啜るクリストフに向け、フローレンスは涼やかに答える。
クリストフはカップを置くと、ヒュウガに向けて口を開いた。
「つまりは、このフローレンス女史の復讐として、ゲシノクという諜報局長官を殺害したい、と、こういうことですか?」
「ご名答だ。ま、俺のしがらみも大いに絡むところはあるがな。
なんにしても、そのための手筈として、少しだけ部隊の情報網を借りたい。」
「む、無理を言わないでください!
今の隊長は飽くまでも民間人です!
そんなことは決してできませんよ!」
「それを決めるのは、お前ぇじゃねぇさ。
コッチのお偉い長官様が決めることだろう?
お前ぇさんは上申すればいい。
五番隊のチャン・ツェン・ロウ辺りからなら、話は通るはずだ。」
ヒュウガがこの名前を出した瞬間、フローレンスが口を開いた。
「その名前、聞いた記憶がある。
確か『間者狩り』。」
「その通り。
上手くこの策が成れば、敵方の諜報網に少なからず傷を負わせることができる。
ロウの野郎なら、真剣に話を聞いてくれるぜ?」
ニヤリと笑うヒュウガを前に、クリストフは深く考え込み始めた。
その様子を、フローレンスは冷ややかに見つめている。
二、三分も考えこんだだろうか、クリストフは意を決したように口を開いた。
「分かりました……ロウ中尉に話を通してみます。
ただ、内容によりますよ?
あまりにも損耗の激しい作戦だったら、この場で却下しますからね?」
「その心配はねぇよ。」
ヒュウガは先の笑みを残したまま答える。
「やるのは、俺たち二人と一匹だけだ。」




