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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第4章 -収穫祭-
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第8話 過去からの焔

「もうなにもねぇだろうな?」


 ゴウが立ち去ったあとの集会所の中、ヒュウガがフローレンスに尋ねた。


 その言葉を聞いたフローレンスは、ヒュウガの目を真っ正面から見据えて答える。


「もう一つだけ、言わなければならない事がある。」


「それは?」


「シャーワイユの隠し財産。」


「次から次へと……ヤベぇヤマばかりじゃねぇか!」


 呆れたように叫ぶヒュウガ。


 その様子を見たフローレンスは、俯いてつぶやくように口を開いた。


「ごめんなさい。

 ただ、死を覚悟したあの時、全て雪山の中で終わらせるつもりだった。

 私が行方をくらまして雪山の中で斃れれば、全て……。」


「助かっちまったモンは仕方ねぇだろう。

 失敗したそン時ゃ、即座に次善策へ移る。それが特務部隊だ。

 で、この情報、どこまで流れてる?」


「恐らく諜報部の副長官、ゲシノク・バートランドは、最低でも噂を知っている。

 参謀長官に屋敷を襲撃させたのは奴で間違いない。」


「待て!! ゲシノクだと!?」


「どうしたの? 血相を変えて。」


 フローレンスがヒュウガへと訝しげに問いかけた。


 当のヒュウガの目には、燃え盛るような怒りが宿っている。


 その怒りを腹の底へと押し込むように、ヒュウガは静かに語り始めた。


「『昇陽の唄』……知っているな?」


 フローレンスは即座に答える。


「当然。マウルの反政府組織レジスタンスで、私の知らない組織はない。」


「なら、連中が全滅した経緯は?」


「ゲシノクが指揮を執った作戦で殲滅したと聞いている。

 確か、背後関係にあった村ごと『根切り』を行なったと。」


「そうだ……。」


「だとしてもよくある話。

 私もそれに近い作戦に参加したことがある。」


 重い響きの声。彼女の表情にもどことなく薄い陰りがある。


 それでも無表情を通して語るフローレンスに、ヒュウガが静かに問いかけた。


「だが、『どうやったのか』は知らねぇようだな……。」


「どういう事?」


 ヒュウガの言葉を聞いたフローレンスの声が、一段低くなった。


 ヒュウガの息が一瞬荒くなる。


 怒りを抑えようと必死になっているのだろう。


 大声になりそうなのを何とか押し殺して、ヒュウガが口を開いた。


「連中は井戸に毒を入れやがったのさ……。

 その上、村の子供たちを殺し、犯し、その上で喰らっていやがった。

 俺がさっき言った二十八の外道共はそいつらの事だ。

 だが肝心のゲシノクの奴は取り逃した。

 凄腕の剣士に邪魔されたんだが……奴め、今度はそんな真似を……!」


 ギリッ……と歯ぎしりがした。


 ヒュウガの全身から怒りの炎が立ち上っているような、そんな雰囲気が漂う。


 フローレンスは一段低い声のまま、ヒュウガに言った。


「恐らく……それはゲシノク直轄の『壊滅部隊』。

 凶悪犯罪者を集めて作った、最悪の連中。

 同じ特務部隊の括りに入れてもらいたくはない。」


「だろうな……。

 連中のやり様は、およそ軍人の……いや、人間のやる事じゃねぇ。

 外道と呼ぶにも飽き足りねぇ、畜生以下の下衆共だ!!」


 押さえきれない憤怒が、言葉の最後に迸り出た。


 フローレンスは、反射的に周囲を見回し、誰もいないことを確認する。


 ヒュウガの表情も、そして溢れ出る雰囲気も、もはやマウルでの二つ名『羅刹』を彷彿とさせるに十分なものだったからだ。


 一呼吸、二呼吸……ヒュウガが深呼吸を繰り返した。


 ようやく落ち着いたらしいヒュウガは、落ち着いた声でフローレンスに言う。


「すまねぇ……コイツばかりはマウルでやり残した唯一の貸しになる……。

 あと半月……いや、一週間だけでも作戦行動が引き延ばせられれば、片を付けられたはずだ……。」


 ヒュウガが真剣な眼差しをフローレンスの顔に向け、改めて口を開いた。


「こうなっちゃ、お前ぇさんの仇を悠長に『手伝う』なんて言ってられねぇ。

 仕留めそこなった外道は確実に地獄に落とす。

 俺のケジメとしても、『昇陽の唄』の連中を安らかに眠らせるためにもな。」


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