第3話 設営
広場では大工のバルドルが舞台設営の指示を怒鳴り飛ばしているところだった。
ヒュウガはその棟梁に声をかける。
「手伝いに来たぜ?」
「おっ? 来てくれたか! 手前ぇがいりゃ百人力だ。
さっそくで悪ぃが、丸太の運びを頼む。
うちの若ぇのはともかくよ、百姓連中はひ弱でいけねぇや。」
バルドルの良く響き渡るだみ声に、ヒュウガは苦笑いを見せつつ声を張り上げた。
「人使い荒いねぇ……。
ま、アンタには家を作り直してもらった。
恩は返さねぇとな。」
腕まくりをしつつ、丸太が置かれた一角に向かうヒュウガ。
その様子を目で追いかけながら、バルドルが再びだみ声を上げる。
「なぁ、今からでも遅くねぇぜ? 考え直さねぇか?
うちで働きゃ、狩人よりよっぽど儲けさせてやるんだが……。」
そんな言葉を背に受けたヒュウガは、振り向いてバルドルに答える。
「儲けなんざ、程々がいいのさ。
それによ、アンタの所に行ったら、三日で悪い癖が出る。」
「そりゃなんだい?」
「サボり癖さ。
ノらねぇ仕事は、すぐ手を抜いちまうからな。
命かかってる仕事にそんな奴がいたら、それこそマズいだろ?」
その顔には静かな笑みが浮かんでいた。
バルドルの申し出は既に何回か断りを入れているのだろう。
ヒュウガもバルドルも、あまり大きな駆け引きを見せる気配もない。
「もったいねぇなぁ……。
そんだけの腕っぷしがありゃ、なんでも任せられるんだがよ……。」
「買ってくれるのはありがてぇが、自分の事は自分がよくわかってる。
ここで無責任に引き受けちまって大きなバカやらかしたら、間違いなく信用損ねるからな。」
「そういう義理堅さも買ってるんだが……。
まあ、仕方ねぇな。俺も男だ。
これ以上は話を出さねぇ。でもよ、来てくれりゃいつでも歓迎はするぜ?」
「助かるよ。」
ヒュウガは笑顔で答えると、改めて丸木が積まれた資材置場へ向かっていった。
丸木は大きく、そこらの男なら五人がかり、大工の弟子でも三人がかりで運ばれている。
「よっ……と。」
ヒュウガはそんな丸木をたった一人で担ぎ上げ、何事もないかのごとく、必要とされる場所まで運んでいく。
「あいかわらずだねぇ。どんだけ鍛えりゃそこまでいけるのさ?」
大工の一人が苦笑いを浮かべて声をかけてきた。
「そうさな……熊とやりあえるまで鍛えりゃいけるかもな。」
ヒュウガも笑いながら答える。
大工は苦笑いを浮かべたまま、首を左右に振る。
バルドルの大きな声がヒュウガを呼んだ。
ヒュウガは大工に軽く手を振ると、声の主の棟梁へと駆け出していく。
今日からの炊き出しは一味違うはずだな、と、ヒュウガは密かに考えて、一人でほくそ笑んだ。
炊き出しの煙が、腹を空かせた男たちの胃袋を刺激し始めている。
そろそろ昼が近づいてきたのだ。




