第1話 祭の準備
ヒュウガの住むナティカの村は、収穫祭の準備で大わらわだ。
当然ヒュウガの家にも手伝いや頼みごとが舞い込んでくる。
久しぶりによく晴れたこの日も、誰かがやってきて家のドアが叩かれていた。
「はい……?」
勢いよくドンドンと叩かれていた扉の向こうから、フローレンスが答えを返す。
その声が聞こえたのか、ドアを叩く音がピタリとやんだ。
「あ、あの! ヒュウガさんのお宅で間違いございませんですかな!?」
若い男の上ずった声が大きく響く。
その声を聞いたヒュウガが屋根裏から姿を見せ、大声で答えた。
「間違いねぇよ、ケイン。
それとも俺がくたばったとでも思ったか?」
「い、いや、女の声が聞こえてくるなんて思わなくてよ……。」
恐る恐るといった風で扉が開かれ、そこから赤毛の青年が顔を出す。
ケインと呼ばれたその青年は、フローレンスの顔を見て、一気に鼻の下を伸ばしてきた。
「いや~、マジでベッピンだぁ……。
この辺りのイモ娘なんて追いかける気もなくなるねぇ……。」
「おい、見せモンじゃねぇよ。
それにコイツぁ雪山で遭難してたのを助けた、いわば客人だ。
あんまり失礼なこと抜かしているとぶん殴るぞ?」
ヒュウガが静かに窘めるのを聞いたケインは、はっとして彼の顔を見直した。
その顔には薄ら笑いが浮かんでいるが、目は笑っていない。
ケインは冷や汗を流しながら、口調を改める。
「い、いや悪かったよ……。
それより、村長から言伝だ。」
「狸オヤジから?
なんだよ?」
「えーと……待ってくれ。
そうだそうだ。鹿を二頭ほど用意できないかと言ってきた。
収穫祭のご馳走にしたいんだとよ。」
屈託なく言うケインに向けて、ヒュウガは眉を顰めて答える。
「あっさり言ってくれるが、二頭となるとかなり時間がかかるぜ?
収穫祭まで、もう二十日もねぇじゃねぇか。」
「お前さんの腕を見込んでとのコトだってよ。
恩を売っときゃ後々美味しい目を見られるかも、だぜ?」
「あのオヤジがそんなタマか?
碌々ツケも返さねぇドケチだってのは知ってるだろ?」
ニヤニヤ顔で言うケインと、呆れ顔のヒュウガ。
対照的な二人の会話が続いていく。
「あと村の若い衆が、広場の設営を手伝ってほしいって言ってるぜ。
やるんならどっちかだな。」
「だったら設営だな。
あのオヤジに借りはねぇが、お前ぇたちには借りばかりだ。」
「助かるよ。
あと……よ、できたら……その、そちらのお嬢さんにも……。」
「客人に村の祭りを手伝えってか?
厚かましいにも程があらぁ。」
呆れが頂点に達したのか、一段大きい声でヒュウガが抗議する。
だが、フローレンスは意外な言葉を返してきた。
「私は構わない。」
「マジで!?」
「おい、無理すんなよ。」
喜色満面で素っ頓狂な声を上げるケインと、苦虫を噛み潰したかの表情を見せるヒュウガ。
ここでも対照的な二人ではあったが、フローレンスは表情を変えることなく静かに答える。
「何もしないのも礼を欠く。
炊き出しぐらいならできるから。」
「いや~、助かりますよぉ!
女性陣もお針子や飾りつけで手いっぱいなんで!」
「本当に良いのか?」
「服を用意してもらったダニエラの恩もある。
別に問題はない。」
再び鼻の下を伸ばしているケインを前に、真面目な顔で尋ねるヒュウガ。
そんな彼に答えるフローレンスの瞳には穏やかな輝きがあった。