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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第3章 -雪-
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第4話 野原

 翌朝、雪がそこかしこに積もりかけている野原で、ブランと村の子供たちが追いかけっこをして遊んでいた。


 その様子をフローレンスがポーチに座り、表情を変えることなく見つめている。


「どうしたい?」


 不意に後ろからヒュウガの声が聞こえた。


 フローレンスは振り返る事もなく疑問を口にする。


「不思議。怖くないのかしら?」


 彼女の隣に座りながら、ヒュウガが答えた。


「初めはな、どいつもこいつもおっかなびっくりだったさ。

 なんせユキヒョウだ。この辺りでもめったに見ない猛獣だからな。

 だが、アイツぁやたらに賢い。その上人懐っこいときた。

 まずは俺を通じて大人たちを安心させて、子供たちと仲良くなって……で、ご覧の通りさ。

 今じゃいい遊び相手だ。」


 そんな二人の目の前に、ボールが一つ転がってきた。

 子供たちが投げ合っているうちに、受けそびれたのだろう。


 ヒュウガは立ち上がり、そのボールを片手で掴む。

 その彼へと、まだ幼い少女が恐る恐るという様子で近づいてきた。


 ヒュウガはボールを無愛想に突き出したが、子供はボールを受け取ろうとしない。


 気づくとフローレンスが傍にいた。


 彼女はヒュウガの手からボールを取ると、少女の前に屈んで優しい笑顔と共にボールを差し出した。


 少女は満面の笑顔で感謝の言葉を口にし、ボールを受け取った。


 そのまま他の子どもたちの下へ駆け寄っていく様子を見ながら、フローレンスはヒュウガに言った。


「あれでは駄目。

 子供は怯えてしまう。」


「どうもな、子供の扱いは苦手だ。

 俺みたいに汚れ切っちまった大人にゃ、あの純真さが眩しすぎる。」


「それについては同意する。

 その代わり大人は仮面をつけることを覚えていくのだから、それを利用しないといけない。」


「違ぇねぇ……。」


 子供たちはボールを投げ合っては受け取り、を繰り返し、ブランはそれにじゃれついている。


 楽しそうに笑い合う子供たちを見て、フローレンスが口を開いた。


「昨夜の話、解った気がする。

 あの子供たちを踏み潰すような真似をしたら、もう後には戻れない。」


「わかってくれたんなら、それでいい。

 まあ、復讐なんてこと自体が外道の考えだが、それでも最低限守らにゃならんモノもある。

 俺の知り合ったヤツなんだが、その復讐を考えている意識につけ込まれて暗示を受け、命の恩人を仇と狙っちまった奴がいてな。

 当人はそれに気づいた時、涙を流してそれを悔いた。

 未遂で済んだから良かったが、もし殺していたら心が壊れていたかもしれん。」


「そうね……。」


 フローレンスは静かに一言だけ答える。


 ヒュウガは玄関の扉を開けながら、フローレンスに語りかけた。


「また雪が降りそうだ。

 ホントに今年は早いな。」


 気づけば空には黒い雲が立ち込めていた。


 フローレンスも、ヒュウガに続いて家に入っていく。


 野原では子供たちとブランが駆けまわっていたが、同時にちらちらと白い物が空を舞い始めていた。


 収穫祭まであとひと月足らず。

 冬の足音は、いつもより早く、そして大きく近づいていることは、誰の目にも明らかだ。


 フローレンスは、その目をふと山へと向けた。


 自分が助けられた雪山。

 その向こうにある忌むべき王国がどのような冬を迎えるのか、そんなことが少しだけ頭をよぎる。


(忘れることができるなら、それは幸せなのではないのか……?)


 今まで考えつかなかった思考が、フローレンスの頭の中に浮かんだ。


 このヒュウガとの共同生活で、自身の内面に大きな変化が出てきたのを、フローレンスは認めざるを得なかった。


 この男と共にいることで、自分の知らなかった何かを知ることができるのではないだろうか?


 フローレンスは降る雪を見つつ、おぼろげにそう考えた。


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