第3話 奪う者、奪われる者
「どうしてそんなことを言うの?」
「どうして?
そりゃ、お前ぇさんのためにならねぇからさ。」
前かがみになり、フローレンスの顔を覗き込むようにしてヒュウガは答えた。
「為になる、ならないは私が決めること。
貴方には解らない。」
「いや、わかるな。
大体からして『巨人』を使うのはいただけねぇ。」
グラスを口に運ぶヒュウガへフローレンスは敵意を込めた視線を投げかけている。
ここ最近では見せなかった眼差しを受けても、ヒュウガは口を止めない。
「勘違いすんなよ? 何も『復讐なんぞ下らねぇ』なんて言ってるんじゃねぇんだ。
どうあっても許せねぇ手合いってのにかち合う事は、誰にだってあり得らぁな。
だが、やり様が悪ぃ。そんな手段での復讐は、間違いなくやっちゃならねぇよ。」
「意味が解らない。」
静かに、だが怒りの色を秘めながら、フローレンスはヒュウガに言う。
「私は最も効率の良い方法を考えて、選択した。
これ以上に効率の良い方法があるなら教えて欲しい。」
コトリ……と、ヒュウガがグラスをテーブルに置き、もう一杯、手酌でブランデーを注ぐ。
続いて水差しに手を伸ばしたが、それを引き戻し、ストレートのままグラスを口にした。
「確かに効率はいい。
遺跡の『巨人』なんていう鋼のデカブツがのし歩いて自分を追ってきたら、余程肝の座った奴でなきゃ平常心ではいられんだろう。大の男でも泣き喚いて逃げ出すかもしれん。
そういった意味じゃ、お前さんの復讐の一つである、『恐怖を刻みつける』ってのは成功する。間違いなくな。
だがな、そんなモン使ったらどうなる?
全く関係ねぇ連中まで割食って、命まで落としかねん。
それについては、どう折り合いをつける?」
ヒュウガの目は酔っていない。真剣そのものだ。
鋭く、射抜くような視線を受けてもなお、フローレンスの表情は変わらない。
「関係ない。あの国の人間全てが敵。
以前貴方も言った通り、あの国は奴隷がようやく支えていることを忘れた恩知らずばかり。
だから何人死のうと関係ない。」
「そうやって虐げられている、奴隷までも殺すんだぞ?」
「仕方ない。必要な犠牲。」
フローレンスの言葉を聞いたヒュウガは、ひと息にブランデーをあおり、大きくため息をついた。
「ダメだ、こりゃ。
お前ぇさんにゃ、復讐する権利なんざねぇよ。」
「どういう意味?」
フローレンスの落ち着いた声音の底に、改めて怒りの炎が見え隠れしてきた。
そんな彼女の顔へ、ヒュウガは再び射抜くような視線を向けた。
「復讐を成す。その際に生じる結果がどうなるかを想像できん人間にゃ、復讐は許されねぇ。
お前ぇさん、その点理解しているか?」
「そんなことは解っている。
私は、結果死んでいった奴隷の家族たちになら殺される覚悟も……。」
「そこが違うんだよ。」
フローレンスの言葉を、ヒュウガは重い声音で遮った。
「お前ぇさん、自分の命だけで釣り合いが取れると勘違いしてやがる。
『奪われた側』の人間であるにも関わらず、自分の命の重さを理解してねぇ。」
ヒュウガはさらにブランデーをグラスに注いだ。
それに一口、口を付けると、さらに言葉を続ける。
「この頃は『命は等しく重い』なんてこと言う哲学者が多いらしいが、俺から言わせりゃ、そんなのはペテンだね。
人の命を軽々しく奪う奴なんざ、クズ以下の連中さ。
そんな奴らの命を丁重に扱っても、裏切られるのが関の山だ。
さっきお前ぇさん、殺しちまう奴らを『必要な犠牲』とか言ったな?
その時点でもうダメだ。お前ぇさんの命、綿埃より軽くなった。
そんな下らねぇ命と、まるで関係なく手前ぇ勝手に奪われた数多くの命が釣り合うかよ。」
「私はそんなつもりで……。」
「いや、結局お前ぇさんも『奪う側』の論理で動いてる。
自分の欲望のためなら、他人を踏みつけても平気だって言う考えさ。
平たく言やぁ、ソッチが殺そうとしているその副長官殿とやらや、腹の底から恨んでるだろう国王を始めとする貴族連中と、同じ穴の狢でしかねぇ。
少なくとも、俺にゃそう映るがね?」
「……じゃあ、貴方はどうなの?」
フローレンスが静かに口を開いた。
怒りか、それとも図星を突かれた動揺か、声がどことなく震えている。
そんな言葉に、ヒュウガは遠い目をして答えた。
「『俺は違う』と言うつもりなんざねぇよ。
実際マウルの軍人だけでなく、それに近しい人間を数えきれんほどに殺してる。
前に言ったな? お前は俺と同じだと。
要はお前ぇさんがやろうとしたことをやらかしちまったのが俺だ。
だからこそ、『やり方を考えろ』って言ってんのさ。」
ヒュウガはそう言うと、グラスに残っていたブランデーを喉に流し込み、フローレンスへ向けてこう言った。
「春までは時間があらぁな。
復讐そのものを考え直すのも良し。復讐の手段を吟味するのも良し。
助言ならいくらでもするぜ?」