第2話 惨劇
「マウルでも今年は早くに雪が降った。」
フローレンスは静かに語り出した。
「そんな日に、侯爵邸は襲撃を受けた。
襲撃者は王国主戦派の首魁、陸軍参謀長。
連中は、反戦派の代表とも言うべき諜報部トップの侯爵の命を直接狙ってきた。」
彼女はそっと瞳を閉じ、何かを抑え込むような雰囲気を見せる。
「侯爵は襲撃の計画は掴んでいたけど、止める手立てがなかった。
主戦派は思った以上に根深い所まで浸透していて、侯爵の属する反戦派は、ほとんどが主戦派の睨みを受けて萎縮している状態だったから。」
フローレンスはそこまで言うと、ブランデーで唇を湿らせた。
ヒュウガは空になったグラスへ手酌で新たに水割りを作り、ただただ静かに聞いている。
「侯爵は『自分以外の人間は関係がない。見逃して解放しろ。』と連中に対し、交換条件を出した。
連中はそれを受け入れ、侯爵の首を獲った。
問題はこの後。
主戦派の連中は屋敷に踏み込み、逃げ出そうと準備をしていた者、全てに襲い掛かってきた。」
フローレンスはグラスを握りしめる。
表情は相変わらず変化ないが、怒りの程はかなりのものであることが窺い知れる。
「略奪、強姦、そして殺戮。
およそ人間が抱える穢れた獣欲がそこでは爆発していた。
ただ最後は、夫人の手による邸宅の爆破で、獣どもを道連れに、全ての人間が炎の中に消えていった……。」
息を整えるフローレンス。心の内に秘められていた怒りをすべて吐き出した。そんな雰囲気がその荒い息から感じられる。
「読めてきたぜ?」
言葉が途切れたフローレンスにヒュウガが語りかける。
「お前さんが狙っているのは、陸軍の参謀長官。
虐殺された同じ境遇の奴隷たちの仇を討とうと『巨人』を使いたい。
そんなところか……。」
「凡そは合ってる。
ただ正確に言うなら、目標は参謀長官ではなく、むしろ裏切者の諜報部副長官。
あと、できることなら無能な国王も縊り殺したい。」
ヒュウガは、半分ほど入っていた水割りのブランデーをひと息に飲み干し、フローレンスに向けてこう言った。
「お前ぇさんの怒り、もっともだ。
だが、その上で言うぜ?
そんな復讐やめときな。」