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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第2章 -ガストンの町-
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第7話 過去

「悪かったな……。」


 人気のない路地裏で、ヒュウガが不機嫌な顔を見せてフローレンスに語りかける。


「折角の雰囲気を全部台無しにしちまった。

 本当ならもう少し色々買ってく腹だったが、こんなんじゃ気が乗らねぇ。」


 フローレンスは無言のまま、荷物を持って歩くヒュウガの後をついていく。


「今日の所は酒を買って帰る。

 お前ぇさん何が好みだ?」


 気まずそうな微笑みを浮かべて尋ねてきたヒュウガに、フローレンスが一言つぶやいた。


「『時計塔の英雄』……。」


 ヒュウガの顔から微笑みが消える。


「全て思い出した。

 ヒュウガ・アマギ。気功術という特殊な戦闘法を用いる『時計塔の英雄』の一人。

 親友であるレオンハルト・フォーゲルと共に時計塔のテロ事件を終息させた人間。

 でも、その人間はその場で死んだと報告にあった。

 そうなると、貴方は何者?」


「その当人で間違いねぇよ。

 ある手筈で、ちょいと裏方に回ったのさ。」


「だとしたら、これも繋がってくる。

影の兵士隊(シャッテンクリーガー)』に突然現れて、王国で様々な破壊工作を行なった、黒い狼の獣人(けものびと)

 騎士や近衛兵などではなく、前身も何も解らない謎の兵。

 それも貴方だということで認識していい?」


 フローレンスがいつも見せる、鋭い視線。

 だが今回は、ヒュウガもそれに負けぬほど冷徹な視線を投げかけている。


 かつて見せた『仕事中』の眼だ。


「そこまで知ってるたぁ、お前ぇさん女狐どころじゃねぇな?

 相当深ぇところまで踏み込んでやがる。

 一体何者だ?」


「言ったはず。シャーワイユ侯爵の『お気に入り』だと。」


「まあ確かに、諜報部の頭目張ってたカミソリ殿の懐刀となりゃ、相当ヤベぇヤマにも首を突っ込むか……。

 しかし、あンだけ派手に暴れてやりゃ、普通証拠をでっちあげてでも開戦の口実にしそうなモンだが……よくその気にならんかったな?」


「それこそ貴方たちの目的だったと侯爵は踏んでいた。

 尻尾をちらつかせて宣戦布告を引き出し、徹底的なダメージを与えて休戦。

 荒廃した国土はマウルに押し付け、帝国は静観しつつ、国力を蓄え直す。

 大方の戦略はそんなところだと。」


「さすがはカミソリ殿……見事な読みだよ。

 コッチとしちゃ、先に攻めさせた方が大義が立つ。

 一方的に攻め込んでくるなら、そりゃ侵略だからな。

 だから俺ぁわざと尻尾の影を残しつつ、軍事基地の破壊工作を行なっていった。

 王国ソッチの挑発とはちょいと毛色は違うが、それでもそいつをマルっと見破っていたってんだから、やはりマウルはおっかねぇ。」


 口調こそ軽いものの、ヒュウガの視線はどこまでも冷たく、鋭い。

 フローレンスはその視線にたじろぐことなく、真っ向から見据えて答えていく。


「マウルの諜報を侮らない方がいい。

 確かに帝国は技術に優れているが、人の運用についてはマウルの方が上。

 大きなテロ事件の裏側では、情報収集のため、かなりの人員が動いている。」


「直接、間接の関わりもある上で、だろ?

 ったく……どれだけの間者が潜り込んでんだか……。」


「帝都だけでも、数千は紛れ込んでいる。

 他にも主要都市ごとにやはり千人単位。

 検問は賄賂に厳しいけど、流入する人には比較的無頓着だから、綿密に準備をしておけば十分に誤魔化せる。」


「ま、こんなご時世だ。

 疑わしきを全部ふン捕まえてたら、監獄がパンクすらぁな。」


 ヒュウガは独り言のように言って、首を左右に振った。


「どうするの? 私も突き出す?」


「いや、そんなこたぁしねぇよ。」


「どうして?」


「今のお前は間者じゃない。少なくとも、『今は』な。

 それに怪我をしている。

 ま、いずれにしても女を売るような真似したら、男として恥だ。」


「恥なんてことを考えたら、諜報はやっていけない。」


「それこそ言ったはずだぜ? あんなキナ臭い商売はもうゴメンだってな。

 俺ぁ狩人だ。人は狩らねぇよ。」


「でも、さっきは強盗どもを蹴散らした。」


「人を狩る気はねぇが、外道は許せん。

 抵抗もできねぇ人間を平気で斬るような連中を見逃しちゃ、今まで奪ってきた命に申し訳が立たねぇ。そう思うのさ。」


 ヒュウガはそれだけ言うと、寂しそうな微笑みを見せてきびすを返す。


 ゆっくりと歩いていくヒュウガの背中に、フローレンスが声をかけた。


「待って、もう一つだけ買いたいものがある。」


「なんだよ?」


「場所は解っている。すぐ済む。」


 フローレンスはそう言うと、大通りに向けて歩き出した。

 大通りに出てすぐの一角、フローレンスは作りの良い店に入っていく。


「化粧品屋?」


 看板を見て、怪訝な顔をするヒュウガ。


 程なく、フローレンスが一包みの紙袋を持って店から出てきた。


「何を買ったんだ?」


 ヒュウガの問いに、フローレンスが静かに答えた。


「口紅と香水。よく使っていた物があったから、今の内に買っておく。」


「そうかい。」


 ヒュウガはそれだけ言うと、町の外れに向けて歩き出した。

 フローレンスもまた、ヒュウガについて歩きだす。


 ゆっくりと歩くその背中に、フローレンスは今まで感じた事のなかった『信頼する心』が、おぼろげではあるが、胸の内に芽生えていることに気付いていた。


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