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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第2章 -ガストンの町-
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第6話 銀行

 服に下着、様々な装飾品を買っていくうちに、ヒュウガは自分の見込みが甘かったいうことに気付かされた。


 思った以上に女性の買い物には金がかかる。


 彼女は決して無駄遣いをしている様子はないが、それでも昼食代を除いた銀貨十五枚程度では、服や下着を買い揃えるのが関の山だ。


「スマン、フローレンス。銀行に行きたいんだが。」


「銀行?」


「ああ。完全な見込み違いだ。

 その上ここから、コッチでしか買えないような缶詰なんかの保存食を買い込む予定だったからな……。」


「ごめんなさい。銀行って何?」


「ん? マウルに銀行はなかったか?」


「聞いたこともない。」


(参ったな……ココから教えなきゃならんとは……。)


 ヒュウガは困り顔で顎に手を当てた。

 フローレンスは表情こそ変えていないものの、声音に嘘は入っていない。


 彼はかつて間諜だった時に調べたマウルの内情を、再び記憶から掘り起こす。


 向こうの王国は、金本位の兌換制度。信用取引は一般的ではなく、王侯貴族や豪商間での手形ぐらいしか信用はない。

 さらに言えば、その手形すら状況によっては反故にされる。

 特に貴族の発行する手形は最悪で、額面の五割も取り戻せれば上出来と言われているほどなのだから、平民の信用取引など夢のまた夢だろう。


「あー……いいか、フローレンス。

 銀行ってのは、世間一般に向けて開かれている信用取引を行う機関だ。

 直接の金のやり取りや、為替の取り扱いなんかを行なって、利益を得ている。」


「そう……大体は把握できた。」


「コレでわかるのか?」


「一応侯爵家の財務管理を手伝っていたから。

 ただ、平民にも開かれている金融機関は聞いたことがなかった。」


「その分、コッチは進んでるのさ。

 個人商店の発行する手形ですら、ちゃんと決済できる。」


「でも、帝国の信用取引は随分荒っぽいようね。」


 ヒュウガが怪訝な顔をした瞬間、背後でガラスの割れる音が響いた。

 急ぎ振り向くと、向かうはずだった銀行から、口をマフラーで覆った五人ほどの一団が、金の入っているらしいズタ袋を次々と馬車へ放り込んでいる。


 馬車に金を積み込んでいる人間は三人。

 残る二人は剣を構えて周囲を威嚇していた。

 その剣には、見まごうことなき血糊。さらには彼らの服には返り血が飛び散っているのも見てとれる。


「ヤロウ……。」


 ヒュウガの目に怒りが燃えた。


 剣の構えは落ち着いており、ブレがない。

 恐らく山賊や強盗団といった類の、人斬りに慣れた連中なのだろう。


 そんな一団に向けて、ヒュウガは大股で近づいていく。


 すぐさま、剣を構えた一人がヒュウガに気付き、切っ先を突き付けるようにして距離を詰めてきた。


「テメェ! これが目に入らねぇか!」


「人を斬ったな……?」


「あン?」


 銀行の奥では子供が一人、斃れた老婆に取りすがって泣いている。


 ヒュウガの声音が、さらに一段下がった。


「あの婆さんを斬ったのか?」


「だったらどうだ……っ!?」


 瞬間、その場に居合わせた人間全てが目を疑った。


 何の予兆もなく、ヒュウガの目の前にいた強盗が大きく五クラムは吹っ飛んでいたのだ。


 暴れ牛や馬車に弾き飛ばされたわけではない。ただ、ヒュウガの拳で横っ面を殴り飛ばされただけのはずだ。


 強盗は身じろぎ一つしない。

 顎の骨が砕けたのは間違いない。首の骨も折れたかもしれない。


 もう一人の剣を構えた強盗が気づいた時には、既に一迅の影がその懐で身体を大きく捩り込んでいた。


 その強盗もまた、何が起こるのか想像できないまま真横に吹き飛ばされ、酒場の大樽に身体をしこたま叩きつけられていた。


 その距離は……十クラム程。


 肋骨が数本折れたのだろう。胸を押さえてうずくまっているが、ろくに呼吸ができていない。


 怒りに燃える目が、馬車の傍にいた三人に向けられた。

 その連中も短剣を佩いてはいるが、抜き払うにはもう時間がない。


「ま、待ってくれ!

 降参だ! 大人しくする!」


「うるせぇよ。」


 ヒュウガはそう言い放つと、再びをその身を影と変え、一気に地を馳せた。


 影が通り過ぎたその場には、何をどうやったのか、腕や足をあり得ない方向に曲げられた連中が激痛にのたうち回っている。


 沈黙……。


 圧倒的な暴力に、歓声も、悲鳴も上がらない。


 警備兵の乗る馬車が、鐘の音を高らかに鳴らして近づいてきた。


 だが、その警備兵の一団が現場に到着したのは、既にヒュウガもフローレンスも、その場から姿を消した後だった。


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