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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第2章 -ガストンの町-
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第5話 『銀狼亭』

 昼食はヒュウガの行きつけという宿屋『銀狼亭』となった。


 食事自体は凡百の宿屋で出てくるようなものだったが、味は格段に良い物ばかり。

 この点、店を選ぶ目は確かだと、フローレンスはヒュウガの目利きに少々感心していた。


「本当はもうひとつ鹿肉のステーキを頼みたかったが、なんせ銀貨五枚が足りてなかったからな。こいつはまた今度だ。」


「ここにもう一度、一緒にくるとは限らない。」


 一通りの料理を食べきった後、ナプキンで上品に口を拭ってから、フローレンスは言った。


 ヒュウガは軽く瞳を閉じ、柔らかい笑みを浮かべて言葉を返す。


「だが、逆に二度とこないとも限らねぇ。」


 テーブルの上、二人の前に置かれたコーヒーからは、独特の芳香が漂っている。


 フローレンスはそっとカップに口を付け、これもまた上品に飲んでいく。

 ヒュウガはそんな彼女の様子を、じっと見つめていた。


「本当によく解らない。」


 カップを皿に置き、フローレンスがヒュウガに問いかける。


「貴方は何をしたいの?

 私を売るわけでもなく、身体を求めるでもなく、あまつさえこんな無駄ともいえる投資をしている。

 疑似的な恋愛を求めているなら、娼婦に頼めばいい。

 私はそういったことをするために、あの山を越えたわけじゃない。」


 無表情に、そして冷徹に、フローレンスは言い切った。


 ヒュウガはそれをつまらなそうに聞きながら、コーヒーを啜り込み、僅かに間をおいてからその言葉に答えた。


「恋愛ごっこしてるつもりはねぇよ。

 ただな、お前ぇさんを傍から見てると危なっかしくてな……。」


「貴方が気にすることじゃない。」


「いや、気にするね。

 お前ぇさんは、昔の俺と同じなのさ。

 だからどういう形で綻びがきて、どんな無理が起こるか、わかっちまうんだよ。

 そうなった時、今のままじゃリカバリは効かねぇ。

 せめてそこを何とかしてやりてぇと思うのは人情じゃねぇか?」


 フローレンスの顔を射抜くような視線で見つめるヒュウガ。

 その視線を受けた彼女は、内心、少なからずたじろいでいた。


 決して、ヒュウガを下に見ていた訳ではない。

 だが、無意識のうちにただの狩人として侮っていたのは間違いない事実だ。


 一瞬見せた強烈なまでの決意を秘めた視線。

 それを受けた彼女は、再びヒュウガが只者ではないと認識を改めた。


「失礼な物言いをしたのは謝る。

 でも人情だけで私を助けるのはどこまでも信用ができない。」


「だったらそれに見合う対価を用意すればいいんじゃねぇか?

 それこそお前ぇさんがさっき言ったように身体を提供するなり、今やってるように労働力を提供するなり、やりようはあらぁな。」


 コーヒーの水面にフローレンスの顔が浮かぶ。

 湯気はもうそこまで立ち上ってはいないが、その芳香は相変わらず香しい。


 ヒュウガがもう一口コーヒーに口を付けたところでフローレンスが口を開いた。


「貴方がそれでいいなら、そうさせてもらう。

 必要となった時に言ってくれれば身体を……。」


「そうじゃねぇよ。

 俺ぁ、他人への貸しに対して見返りを求めねぇ主義だ。

 だから俺からは望まねぇ。

 お前ぇさんが、本気で抱いてほしい、抱かれたいと思ったら誘ってくれ。

 勘違いしないでくれよ?

 今やってる飯炊きみたいに、自分からやろうっていう物のみでいい。

 それだけだ。」


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