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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第2章 -ガストンの町-
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第3話 特務部隊

 街についてすぐ行なわれたのは、牛乳の卸売りの店先で缶を下ろす作業だった。


 缶一杯に入った牛乳はかなりの重さになる。


 通常はこぼさないよう、二人一組で缶を下ろすものだが、ヒュウガはたった一人で、手慣れた職人の倍近い速さで缶を下ろしていく。


「いやぁ、相変わらず助かるぜ。

 お前さんがいてくれると、積み下ろしがグッと楽になる。」


 卸売りの親父がヒュウガに礼金を渡しながら話しかけた。


「なに、コッチだって礼金目当てでやってんだ。

 お互い様だろ?」


 そう言うと、ヒュウガは皮袋の口を開き、中に入った銀貨をチラリと見た。


「四枚ほど入れといたよ。

 そこのお嬢さんになんか買ってやんな。」


「すまんね。」


 親父の言葉に偽りがないことを確認したヒュウガは、言葉短かに革袋の口を締め直した。


 そのまま牛飼いに話しかける。多分帰りの話を付けているのだろう。

 その様子を見ながらフローレンスは何かを思い出しかけていた。


 レオンハルト・フォーゲルの友人……間者……そして、あの膂力……。


「どうした?」


 気が付くと、フローレンスの前にヒュウガが立っていた。

 ヒュウガは怪訝そうな表情を見せて、彼女の顔を見ている。


「少しだけ思い出したことがある。」


「なんだ?」


 立ち上がろうとするフローレンスに手を貸しながら、ヒュウガが尋ねた。


「帝国軍の特務部隊。

 陸軍は『砂塵の悪魔隊』、海軍は『海獣隊』、海兵隊は『海の牙』……。」


 ヒュウガは無言で歩き出す。フローレンスは杖を突きながらその後についていく。


「そしてもう一つ……。

 皇帝直属の特務部隊『影の兵士隊(シャッテンクリーガー)』。

 貴方はどこにいたの?」


 立ち止まって大きくため息をつくヒュウガ。


 少しだけ振り向き、流し目でフローレンスの顔を見る。


 彼女の表情は相変わらずだが、視線は鋭い。

 それを見たヒュウガは苦笑いを浮かべ、口を開いた。


「やれやれ……カミソリ侯爵のお気に入りともなると、いろんなことを御存じだ。

 だが、どうして俺が特務部隊だと思った?」


「貴方のあの膂力が気になった。

 ただの間者なら力に物を言わせることはあまりない。」


「ナルホドね……。」


 ヒュウガは苦笑いを浮かべたまま俯き、しばらくして空を仰いだ。


「ま、どこだっていいだろ?

 今の俺たちにゃそんなのは関係ねぇ。

 こうやってお天道様の下を大手を振って歩けてるんだ。

 わざわざ昔の傷痕を抉るような真似せんでもいいじゃねぇか。」


「そうね……ごめんなさい。」


 意外にも、フローレンスはあっさりと謝罪し、口を閉じた。


 家主に嫌われたくない……そんな気持ちの表れかもしれんな、などと少し前に出た彼女の言葉を思い出しながら、ヒュウガは大通りに向け、ゆっくりと歩いていく。


 フローレンスは、そんなヒュウガの歩みを見て考えた。


(特務部隊であることは疑いない。

 だが、どうしてこんなにこの男は私に親切にするのだろう?

 敵の間者を捕えたなら、そのまま原隊に通報して手柄にすればいい。

 今だってそうだ。わざわざ私の歩みに合わせて歩いているし、そもそも私を拾い上げた時でさえ、この身を犯すことを微塵も考えていない様子だった。

 今まで見てきた男とはまるで別……どこか得体の知れないところがある。)


「覚えとくといいぜ……。」


 フローレンスの胸中に気付いたかのように、いきなりヒュウガが話しかけた。


 警戒し、身を固くするフローレンス。


 ヒュウガは肩越しに柔らかい視線をフローレンスに投げかけて、静かに言った。


「男の中にゃ、やせ我慢してでもカッコつける奴がいるのさ。」


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