第3話 特務部隊
街についてすぐ行なわれたのは、牛乳の卸売りの店先で缶を下ろす作業だった。
缶一杯に入った牛乳はかなりの重さになる。
通常はこぼさないよう、二人一組で缶を下ろすものだが、ヒュウガはたった一人で、手慣れた職人の倍近い速さで缶を下ろしていく。
「いやぁ、相変わらず助かるぜ。
お前さんがいてくれると、積み下ろしがグッと楽になる。」
卸売りの親父がヒュウガに礼金を渡しながら話しかけた。
「なに、コッチだって礼金目当てでやってんだ。
お互い様だろ?」
そう言うと、ヒュウガは皮袋の口を開き、中に入った銀貨をチラリと見た。
「四枚ほど入れといたよ。
そこのお嬢さんになんか買ってやんな。」
「すまんね。」
親父の言葉に偽りがないことを確認したヒュウガは、言葉短かに革袋の口を締め直した。
そのまま牛飼いに話しかける。多分帰りの話を付けているのだろう。
その様子を見ながらフローレンスは何かを思い出しかけていた。
レオンハルト・フォーゲルの友人……間者……そして、あの膂力……。
「どうした?」
気が付くと、フローレンスの前にヒュウガが立っていた。
ヒュウガは怪訝そうな表情を見せて、彼女の顔を見ている。
「少しだけ思い出したことがある。」
「なんだ?」
立ち上がろうとするフローレンスに手を貸しながら、ヒュウガが尋ねた。
「帝国軍の特務部隊。
陸軍は『砂塵の悪魔隊』、海軍は『海獣隊』、海兵隊は『海の牙』……。」
ヒュウガは無言で歩き出す。フローレンスは杖を突きながらその後についていく。
「そしてもう一つ……。
皇帝直属の特務部隊『影の兵士隊』。
貴方はどこにいたの?」
立ち止まって大きくため息をつくヒュウガ。
少しだけ振り向き、流し目でフローレンスの顔を見る。
彼女の表情は相変わらずだが、視線は鋭い。
それを見たヒュウガは苦笑いを浮かべ、口を開いた。
「やれやれ……カミソリ侯爵のお気に入りともなると、いろんなことを御存じだ。
だが、どうして俺が特務部隊だと思った?」
「貴方のあの膂力が気になった。
ただの間者なら力に物を言わせることはあまりない。」
「ナルホドね……。」
ヒュウガは苦笑いを浮かべたまま俯き、しばらくして空を仰いだ。
「ま、どこだっていいだろ?
今の俺たちにゃそんなのは関係ねぇ。
こうやってお天道様の下を大手を振って歩けてるんだ。
わざわざ昔の傷痕を抉るような真似せんでもいいじゃねぇか。」
「そうね……ごめんなさい。」
意外にも、フローレンスはあっさりと謝罪し、口を閉じた。
家主に嫌われたくない……そんな気持ちの表れかもしれんな、などと少し前に出た彼女の言葉を思い出しながら、ヒュウガは大通りに向け、ゆっくりと歩いていく。
フローレンスは、そんなヒュウガの歩みを見て考えた。
(特務部隊であることは疑いない。
だが、どうしてこんなにこの男は私に親切にするのだろう?
敵の間者を捕えたなら、そのまま原隊に通報して手柄にすればいい。
今だってそうだ。わざわざ私の歩みに合わせて歩いているし、そもそも私を拾い上げた時でさえ、この身を犯すことを微塵も考えていない様子だった。
今まで見てきた男とはまるで別……どこか得体の知れないところがある。)
「覚えとくといいぜ……。」
フローレンスの胸中に気付いたかのように、いきなりヒュウガが話しかけた。
警戒し、身を固くするフローレンス。
ヒュウガは肩越しに柔らかい視線をフローレンスに投げかけて、静かに言った。
「男の中にゃ、やせ我慢してでもカッコつける奴がいるのさ。」