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名探偵より悪意と憎悪を添えて 5

 死体が無い飛び降り自殺。落下地点を誤認させるために撒いたりょうかさん本人の血。

 つまり、死体は無いが、死んだのが御殿場りょうかさんであると思わせたかったという意図が見受けられる。

 この場合、様々なパターンが考えられるが、私がピックアップしたのは三つ。

 まず、今回の事件は狂言。飛び降りを行ったとされる御殿場りょうかさんが自殺したと思わせるために細工を行い、そのまま行方を晦ませた。

 意外とこの線も並行して推理を進めていたが、結局落選となった。

 理由は簡単で、最初から姿を消すつもりなら、そもそも自分の血を抜くというリスクを冒してまで自殺に見せかける理由が無いから。素人が血を抜くという行為にはかなりの危険を伴ったはずだ。しかも、致死量分を集めるために、複数回に掛けて。

 だったら、単純に遺書だけを残して姿を消したほうがずっと安全なはずだ。

 私ならそうする。



 二つ目が他殺。りょうかさんの血を抜き、地面に撒く。その後、マンホールの下へと突き落として殺害。今回の事件が他殺であると断じて、まず思い浮かぶ流れだ。

 が、これも除外される。死体を隠しているのに、わざわざ血を撒く必要性が無い。死体が無ければ、行方不明になるし、遺書を残せば自殺したと思わせることができたはずなのに。



 そして、三つ目。



「自殺は本当にあった。ただし、御殿場りょうかさんが死んだという事実に歪められてね」



***



「御殿場りょうかさん――貴女が行ったのは本当に起こった自殺を利用して、自分自身をこの世から消した。涼花さんに成り代わって、自分を殺したのだから、それはほとんど他殺と言って差し支えないかしらね」

 ややこしいけれど、この手の推理は披露する時が一番大変だ。傾聴してもらっている関係者に、分かりやすく納得してもらえる形で説明しなければならない。

 尤も、今回に限ってはその必要は無い。犯人と一緒に事件を振り返るだけだ。

「まず、貴女は何らかの経緯で涼花さんの自殺現場に居合わせた――この経緯に関しては、今更調べたところで推測の域を出ないでしょうか割愛するわね。それから自殺の現場を偽装する。自殺したのが、涼花さんではなく、りょうかさんということにするためにね」

「……随分と」

 ようやく御殿場さんが口を開いた。弱弱しく、声は震えているが、まだ心は折れていないようだ。それとも私が披露している推理を聞いて、まだ逃げ切れるという希望を見出したのかもしれない。

「随分と、突飛なことを言うのね? 私が自殺したりょうか? そんな訳ないでしょうが」

「そうかしら? 姉妹なら、顔立ちが似ているからそういうことができるんじゃないの?」

「義理の姉妹よ。忘れたの? それともわざとかしら? 私達の顔が似てないっていうのはあなたも確認したでしょう?」

 その通りだ。そもそもそれを確認した時、彼女は自分の生徒手帳から写真を取り出して、私と鵜飼さんに見せ付けていた。

「あの生徒手帳も私のものだったでしょう? ちゃんと『御殿場涼花』って名前も――」

「ああ、それは問題じゃないのよ、御殿場(ごてんば)涼花(りょうか)さん」

 ピシリ、と石化したように御殿場さんの体が硬直する。

「珍しいわよね、義理の姉妹とはいえ、同じ漢字を使うのは――()()()()()って言うのよね」

 ご丁寧に振り仮名の部分に指を重ねて持てば、自分が姉の涼花さんであると思わせることができる。あのサイズの文字なら、人差し指を当てるだけで事足りるだろう。何も難しいことではない、ただ簡単であるが故に見逃してしまいがちな手法というだけだ。

「しゃ、写真……そうよ、手帳の顔写真はどう説明するの⁉」

 背中越しに御殿場涼花さん――いや、もうりょうかさんと呼んでしまおう。彼女が声を荒げる。

「私達姉妹の写真を見せたわよね? あまり似ていなかったって言ったじゃない、そんなので入れ替わるなんてできる訳ないでしょう?」

 そんなに言うなら、せめて写真を出して私の前に立てば良いのに――改めて顔を見られることで余程不都合なことでもあるのか。

「じゃあ、確認してあげるから顔を見せてもらえるかしら? 似てるかどうかはそれから……」

 言い終えるよりも早く、風を切る音が耳に届いた。髪を掠りながらも()()を避けて、私は再び彼女と向かい合う。

 ついさっき付着したような赤い染みで汚れたハンマーが右手で握られている。今まで頑なに背中で隠し、見せようとしなかった理由は明白――そして、それを使って殴り掛かったということは完全に自白していると同義だ。



「……………………っ」



 標的を仕留め損ねたことに対する舌打ち。端正な顔を歪ませ、両眼が妖しい光を宿す。そこまで殺意が漏れ出ているとは、最早笑いが堪え切れない。

「……ええ、犯人と一対一で推理を披露するのだもの、こうなる可能性は当然想定内よ。ただし、不満があるとするなら、せめて最後まで謎解きを終えてからしてもらいたかったものね」

 こんな形で折角の推理が台無しになってしまうのは、本当に不本意なのだ。証人を消さなければと必死になっているりょうかさんには分からないだろうけれど。

 ああ、でも、なるほど。こうして改めて彼女の顔を眺めていると、やっぱり本当に――



「貴女……()()()()()()()()()()()()()()



 ()殿()()()()()()()()()()姿()をした彼女に向けて、そう言い放った。

「……殺すわよ」

 直後、りょうかさんから怒気を孕んだ、殺意塗れの声が飛ぶ。挑発のつもりだったが、

「……っ、ふはっ……!」

 予想していたこととはいえ、あまりにも思い通りの反応に噴き出してしまう。

「……何が可笑しいのよ?」

 凶器を手にして、私の生殺与奪の権を握っていると思っているりょうかさんが訝しげに、問いを投げた。私が怯えて命乞いをする様を見せれば、少しは留飲も下ったのかもしれないが、それは無理な話だ。この状況で笑わないほうがどうかしている。

「いや、だって……ねぇ――」

 予想通り、想定内、期待通りで何の捻りもねえ――実に大したことのない犯人だったな。

「どうして凶器を持っているのが犯人だけだと思っているのか、私には分からなくてねえ」

 一応質問には答えたつもりだ――同時にタンッ、と軽い足取りでりょうかさんの前に一歩踏み込み、ハンマーを持つ右手にボールペンを突き刺した。一瞬で距離を潰されたりょうかさんは何が起こったのか分からないまま、痛みで悲鳴を上げることも無く、ハンマーを床に落とした。素早く、ハンマーを蹴り、彼女から遠ざける。

 遅れて、右手の甲に穴が開いた激痛に苦悶し、りょうかさんはその場に蹲る。元々、限界まで血を抜くために腕に針を何度も刺してきた体だ。痛みにはいくらか耐性があるとはいえ、既に限界は近かったのだろう。

「堪えるでしょう? 体に穴が開いたり、体が欠けていく感覚っていうのは。ところで、好き好んでピアスを開ける人とか信じられないわよね」

「ぐう、ぅ……」

 血が溢れる右手の甲を左手で押さえながら、りょうかさんがこちらを睨み付ける。だが、先程に比べていくらか殺意が和らいでいた。流血して頭に上った分が引いたのかもしれない、人体の構造がそこまで単純な訳無いが――

「勘違いしないでほしいのだけれど、貴女と涼花さんの顔は本当に瓜二つよ。そして、あの写真は何の加工もしていないんでしょうね」

「……安い挑発に乗ってしまったわね。でも、それじゃあ……あの写真の私と今の私の顔が違うことはどう説明するの……?」

 激痛に表情を引き攣らせたまま、りょうかさんは質問する。この状況下で言い逃れることはできない。最後の悪足搔きと見た。見苦しいけれど、面白い。

「挑発半分、本心半分ってところね。それはさておき、写真の顔と実際の顔が違うっていうのは別に有り得ないことじゃないのよ。分かるでしょう?」

「……さあ、整形とか? 言っておくけれど、私は葬式の間以外は、学校を休んでないわよ」

「もっと簡単な方法があるでしょう? 例えば――」



 例えば、化粧(メイク)をする、とか。



「似てない顔を瓜二つのレベルにまで似せるには、確かに整形か、余程高度な特殊メイクが必要になるかもしれないけれど、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 高身長の人物が背の低い相手に変装するのが困難である――逆に、低身長の人間は厚底ブーツを履くだけで容易に体格を詐称できる。

 今回はそれと同じ要領だ。元々瓜二つな少女の片割れが、化粧をして全く異なる人相を手に入れていた。ただそれだけの話。

 整形とは違い、術後の経過を見る必要は無く、用が済めば、化粧を落としてお仕舞い。

「元から顔が似ていたのだから、涼花さんが消えれば、貴女がその枠に入ることは可能よ」

 顔が瓜二つで、名前は漢字が全て同じだから、生徒手帳を取り換える必要も無い。実に手軽な成り代わりトリックだ。

 自分を殺してまで、自殺した人間に成り代わろうとする動機までは流石に語るのは野暮だろう。彼女が自殺したくなるような背景については、助手の鵜飼さんと把握している。

 むしろ、彼女がまだ生きていることの方が不思議なくらいだ。

「……と、まあ。一応、今回の事件で貴女がやったことは全て説明した訳だけれど。まだ何か言うことがある?」

 推理を披露して、その場に犯人がいる時、私はいつもこの質問を投げ掛ける。

 御殿場りょうかは最後まで悪足搔きをして見せたが、意外とそういうタイプの犯人とはあまり対面したことがなかった。だから、好奇心と期待を込めて、私は彼女に訊ねる。

「貴女の依頼である『御殿場涼花さん』の自殺の真相は、それに答えてから。ねえ――」

果たして、彼女は何を言うのか――震えるりょうかさんを見て、思わず全身の血が滾ってしまう。

「……と、取引しない? 十郎さん……」



***



「ん? 取引?」

 唐突な提案に私は首を傾げる。隙を窺って、また襲い掛かってくる可能性はまだあったので、ボールペンは握ったまま。

()()()から、あなたのことは聞いているの……。もしもの時は、この情報を学園中に流して……ここから追い出すように仕向けるつもりだったの……」

 へえ、そんなことを画策していたのか。本当であれば、実力行使――ハンマーでの襲撃と合わせて私を脅すつもりだったのだろう。涙目で首を激しく縦に振る様を想像していたに違いない。

「……随分と、舐められてんだぁ。私ってば……」

 別に怒る場面でもないので、敢えて笑顔を向けると、りょうかさんが短い悲鳴を上げた。失礼な子だ。

 それと『あの人』か――心当たりはあるが、あまりベラベラ喋らないでほしいものだ。弱味を握られてしまった、私の落ち度でもあるが、後で抗議に行かなければ。

 これ以上、余計な手間を取られないように。

「あっ、あなた……!」

 まだボールペンを握る姿が、これから止めを刺そうとしているように映ったのか、酷く狼狽えながら、りょうかさんが両手を前に出した。これ以上近寄るな、と言わんばかりに。失礼な、必要無ければこれ以上の危害を加えるつもりはないというのに。私は探偵で、犯人は貴女の方だというのに。

「あなた……あの話は、本当なの……?」

「ふぅん……何を?」

 敢えてボールペンを落とし、自身の無防備をアピールする。相手も武器を手放しているし、会話を円滑に進めるならば、これで良い。

 果たして、御殿場りょうかは私が取引に応じざるを得ないような情報を掴まされているのか――



「十郎新和……あなたが、()()()()()()()()()()()()()()()……!」



「へぇ……それは」

 小さく笑んでから、その表情を固定する。それ以上の変化を、りょうかさんに悟られまいと努める。

 確かにヤベェ情報だったわ。

 あいつ、よりにもよって何て話をしてんだ。

「は、あはは……やっぱり……!」

 しかし、僅かな反応から勘付かれてしまったらしく、りょうかさんが水を得た魚の如く勢いを取り戻した。右手の出血の激痛など忘れているかのように、息が荒い――いや、これは単純に体力が限界を迎えているだけかもしれない。

「知ってんのよ……! あなたが、裏でコソコソ誰かと連絡取ってんの! あれは男のあんたが学園に侵入する手引きをした誰かと……!」

 堰を切ったようにりょうかさんが捲し立てる。完全に自分が優位に立ったと思っているのだろう。このままだと立ち上がって、ハンマーを取りに向かいかねない。



「……………………」



 今、私はどんな顔をしているんだろう?

 彼女が調子に乗っているということは、愕然とした表情をしているのか、怒りで紅潮しているのか――涙目にはなっていないと思うんだけれど。



 思い上がるのは自由だし、見てる分には滑稽で面白いんだけれど――



「犯人風情が……()を脅せると思ってんのかよ? マジ腹立つなぁ……」



「こ、の……情報を……先生方に流したら、どうなるでしょうねぇ……!」

 幸い、俺の声は興奮しているりょうかさんの耳には届いていなかったらしい。

「別に、流せば良いんじゃないかしら? 先生方が私のこと調べに来るでしょうけれど、何も隠すことはないもの」

「……本当に、良いの? 女子高に男が侵入したなんて、それこそ大事件……」

「構わないわよ、何なら……貴女が直々に私の体を調べてくれても良いわ、ほら」

 そう言って、俺は制服のスカートの両端を摘まむ。太腿が見え、下着まで位置によっては露出してしまう程に。

「なっ……⁉」

「サービス」

 俺は大胆に捲られたスカートの中身を晒す――さぞかし奇行として映り込んでいることだろう。りょうかさんが驚愕する。

「な、に……何してんのよ……⁉」

 同性であれば、別に下着を見られることに何の抵抗も無い、とは言わないが、疑惑を晴らす最も手っ取り早い方法だ。

「下着も邪魔かしら? 納得がいくまで調べてくれても構わないわよ」

 そうして、私は完全に露出した下着の布地にも指を掛ける。問題があるとするなら、この場面を先生方、あるいは通りすがりの生徒に目撃されてしまうことだったが――

「もういいっ……もう分かったわよ!」

 金切声のようなりょうかさんの叫びで事なきを得たのだった。

「あんた、頭おかしいんじゃないの⁉ 探偵じゃなくて露出狂の変態だったってこと⁉」

「貴女が失礼なことに、私を男だと疑ったから、それを晴らそうとしたんじゃないの。言っておくけれど、私だって恥ずかしいんだからね」

 そう言いながら、今度は制服の上着に手を掛ける。勿論、不本意ではあるのだが、疑いを晴らすには仕方が無いことだ。

「何でまだ脱ぐのよ……」

 最早声を張る気力すら消え失せたらしく、ぐったりした様子でりょうかさんが言う。

「だからサービスだってば。少しでも貴女が疑いの目を向けるから、こうして隅々まで見せてあげているんじゃない」

「……あんた、本当にあの十郎新和なの? クラスは違うけれど、あんたの話は教室まで届いてる……。そこまでトチ狂った人格してるなんて知ってたら、相談なんてしなかったのに――」

 俺はただ自分の冤罪を晴らすために渋々服を脱いだだけだというのに、更に人格まで疑われてしまった。

「そうそう。本題だった相談内容ね――『どうして御殿場涼花さんの方が自殺したのか?』よね。まあ、取引を持ち掛けたのは本当に面白いと思ったし……ええ、及第点ってことで、教えてあげる」

 そう言って、抵抗の意思が完全に消えたりょうかさんに近付き、耳元に唇を寄せる。近くには誰もいないが、万が一にも部外者に真相が漏れないように。



 御殿場涼花が自殺するに至った理由を簡潔に。

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