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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お伽噺のルーサーダイアローグ

 男はコンビニから出れば、スマホの通知を覗き込む。


 住所と注文が明記され、男は注文の品である中華料理の写真に唾をのんだ。今にもごま油の香りが漂いそうなのに、現実は潮臭さしかない。海から遠くても干物屋の影響だ。


 駅前の側にはコンビニが乱立していて、O市は駅前だけは人の賑わいが異常だった。食べ物の店も相当な数があるのに、駅を離れれば閑散とするから美味しそうなオムライスを捲れば下かただの白米のような詐欺感覚を伴う。

 駅を下りれば端の方にコンビニと並んでかまぼこの店がある。かまぼこは有名な店の割に食べても、ああかまぼこだとしか男には思えなかった。長年住んでいるからかもしれない。


 男の名は蜂須賀とデリバリーサイトでは名乗っている。痩せ型の長身で、平凡な色素を持つ黒髪黒目の青年だった。特別目立つ箇所もなく、強いて言うなら目元の三連ほくろくらいだった。蜂須賀は生まれた時から平凡から脱する覚えもなく、他者が目立ち他者が贔屓される中で端に存在するような人生を送ってきていた。

 蜂須賀はそれを不公平だとももっと目立ちたいとも思案した出来事もなく、只管海のさざ波のように人生を委ねてきていた。


 蜂須賀は特記すべき個性も、趣味も特技も無く。執着心さえ僧侶のように空虚であった。

 故に生活はサラリーマンになるかと思いきや不況の影響を受け、面接は全部落ちて二九才の今。デリバリー配達員を三社掛け持ちし、以前お世話になった高校の先輩から貰った自転車で行っていた。


 蜂須賀は正直、今の未来を幼い頃には想定できていなかった。平凡に何処かに就職するだろうと考えていたから、蜂須賀にとって現状こそ非凡だった。


 O城近くに劇場があるとスマホに明記されているが、蜂須賀は住所の心当たりなどない。地域に馴染んでいないわけでもなく、どちらかというと表記されてる「神楽劇場」という場所が怪しいだけだ。

 それでも住所は具体的でスマホもマッピングされている。何より注文も店が受け付け、取りに行かねばならない。システム上誰かしら受取人はいるだろうと、蜂須賀は自転車をこいだ。支払いもクレジットカードで既に支払われている。

 O市で何故中華なのかと思案しながらも、ファミレスの中華はあっという間に品を完成させている。店で受け取りを済ませると、蜂須賀はO城近くまで戻る。時期は春の手前で夜になれば桜がライトアップされるだろう。毎日遠巻きに見る城から窺えるライトは空にまで昇り、派手な色味の城まで目立つ。

 今はまだ朝。朝の午前十時。早めに届けて夜は自由に過ごすかと、蜂須賀はブドウ味のグミを口に放り、糖分を補給した。


 O城の隣に白い建物がある。白い建物は美術館のような変わった建物で、屋根がやたらと曲線美を主張している。


 蜂須賀は自転車を止めると、さっさと済ませようと中へ入る。

 劇場の中は新設されたばかりなのか小ぎれいで、天井も高い。空調が効いていて少しだけ肌寒い外から解放された温かみが体感できた。

 蜂須賀は警備員に尋ねると楽屋を案内された、その途中には絵画が飾られていて。ポスターの代わりに古い油彩画や最近のアニメじみたイラストまで張ってある。イラストから演目はシンデレラと醜いアヒルの子なのだと判る。

 事実、楽屋の表札には義姉、アヒルの兄、と画かれている。


 警備員にお辞儀をすれば警備員はさっさと出て行き、蜂須賀は品を手にノックを指先で器用に行えば中から女性が現れる。

 女性は外国人でありながら平凡的であった。日本人の目から見て外国人は何があっても美形に見える筈なのに、蜂須賀にとっては己と差異の無い平凡さに思えた。


「デリバリーのコルクです」

「そこへ置いて。ああお兄さん、貴方のぶんもあるから」

「ええ? 何でですか、僕は届けに来たのですよ」

「この劇場は午後の部にならないと役のない貴方は出られないの。配送料と手間賃として、一緒に食べましょう?」


 そんな馬鹿な出来事あってたまるか、と窓を見やればいつものO城が見えない。あれだけ目立つ外壁が一切見えない。窓に思わず近寄って血走った目で見つめれば、何も映っていない。真っ白の空間だ外は。空まで真っ白で雲で覆われたわけでもない。窓を開けて叫んでみても声は大きく響き渡る余韻もなく雪の中にいるような吸収性だ。


 不気味な感覚に蜂須賀は思わず楽屋を飛び出し、外へ向かおうとしたも、ガラス越しの外は全部真っ白だ。豆腐よりも白い空間に絶望するしかない。

 蜂須賀は腰が抜けてへたりと座り込みそうになる。一体何でこんな目に遭う、と理解が出来ない。蜂須賀は現状を考えるのを諦めると、先ほどの楽屋へ戻り、うるうると震え椅子に座り込む。ひとまず拠点を作ろうと、楽屋に戻ったのだ。


 女性はドレスのまま器用にチャーハン弁当を食べている。ちぐはぐな景色の可笑しさだけが現実味のある光景だと認識させて、蜂須賀は適当に油淋鶏弁当を手に取った。ぷおんと薫るごま油は運ぶ前だったら食欲を刺激していた筈なのに今は正気を保つ為の食事だ。


「ならそれがお兄さんのぶんですね」


 室内にはもう一人男がいた。男もやたらと蜂須賀のようにラベルのない特質的な物がない容姿をしていた。端的に言えば地味で目立たない男だ。


「シンデレラの姉、と、みにくいあひるの子のお兄さん……」

「そう。ねえ、午前の部が終わるまで。出番がくるまでお話しましょうよ」

「俺たちは芸能人みたいなものだから、きっと楽しいですよ」


 本当に芸能人なら名前を知っているはずであり、芸名があるだろうに二人は役名でしか名乗らない。それならばと茶番に蜂須賀は付き合おうと思った。

 話を聞いていけばきっと何処かしらに日常みが現れて、安心出来るはずだし。情報は何より今は必要だと感じたのだ。


「折角だからインタビューしようかな」

「対談方式にしてみる? 楽しそうな案ね」

「午後の部の人にも伝えておきますよ。午後の部はもっと楽しい人達だきっと」


 はしゃぐ二人にやけくそになった蜂須賀はスマホをレコーダー代わりに録音を押してテーブルへ置くと、気を利かせた男が充電器に差し込んでくれた。充電器に刺されながらもスマホは起動していると青いランプがつき充電出来ているのだと蜂須賀は安堵した。


「ではお名前を」

「ここでは姉さんでいいわ。それ以外じゃないの、私に名は必要ない」

「おやその形式なら俺は兄さん……だと貴方と被りますね」

「僕は蜂須賀でいい。そしたら貴方が兄さんを名乗れるんですね?」

「はい、それでしたら兄さんで。僕たちに何が聞きたいですか」


 蜂須賀はこれまでの絵本を思い出して二人の共通点を考えだし、一つ導き出す。折角だから何処まで役に身を投じているのかも気になっていたし、役柄をどう考えているか聞き出す切っ掛けだと頷ける。


「二人は弟妹に負けましたね、敗因は何だと思いますか」

「痛いところつくけれどやっぱり気になるよね。私は……美をもっていなかったのだとおもう」

「俺は逆に美を意識していたのに、美が判らなかった。負けとは少し違うけど、美しさなら負けですよね」


 兄さんの言葉に蜂須賀は油淋鶏を頬張り、脂でてかついた唇を抑えて咀嚼し。飲み込むと目を眇めて兄さんを見つめ直す。中華の独特の香りが部屋一杯になっていく。

 兄さんは確かに肌が綺麗で、姉さんより美しさには拘りがある気がする。でもそれでも蜂須賀からすれば蜂須賀と代わり映えのない見目だった。背丈で目立つわけでも、服装が垢抜けているわけでもない。

 不躾な視線に兄さんは機嫌を悪くするわけでもなく、空調を寒くないですかと弄る。体温がやっと暖まってくる。


「美が判らないってどういうことですか」

「蜂須賀さんは美を説明できますか、どんなものだか」

「できますよ、綺麗な人です」

「その綺麗は一体何を持って綺麗なのでしょう」


 言葉狩りのような話だ、と蜂須賀は機嫌を損ねるが確かに説明は一切出来ない。美という物はなにをもってどこの感覚で感じるのか分からない。考えた覚えもなかった。


「俺は美が判らなかったんです。見目の話でも、概念でも判っていなかったんです」

「美に負けた、ということですか」

「なら美とは何か。俺らには一つ共通点があるんです。この人はシンデレラを、俺は弟を畏れた」

「怖がったって意味ですか?」


 兄さんはこくりと頷き、出前で持ってきていたごま団子をむちりと口で千切って食べ始める。ほんわりと甘いごまの香りが鼻孔を擽る。楽屋に持ち込んでいたのか飲み物も置いてある。飲み物に目をやれば兄さんは気が利くのか、再び蜂須賀に気遣いミネラルウォーターを置いた。

 わざわざ何も入ってない怪しい飲み物でない意味合いを示す透明な水を選ぶ辺り、気遣いの出来る男のような気がした蜂須賀だ。


「これは日本に来て知った文化や概念なのですが、日本の方は不完全であったり安定性のない危うげな物を美しいと呼ぶようです」

「その発想を二人で知って、嗚呼だから私達は二人に負けたんだ、って自覚したの。だって凡人の発想じゃないわ、私はこの後眼をくりぬかれるし。私も指を切り落としたからその点では美しかったのかも」


 姉さんは、はーと深い溜息をつき、確かにと赤く瘡蓋になっている足を見せられれば蜂須賀は納得した。露わになった足は不気味な形をしている。自然な形ではない。触ってみる? と誘われ実際に触れれば、硬い皮膚がざらざらとし分厚さを感じる。痛みはないのかと顔を見上げれば麻痺しているのだと笑った。

 演技にしてはこの傷は本物すぎる、メイクだとも予感がしない蜂須賀はいよいよ何かが変だと思案する。それでも慌ててもどうしようもない。

 兄さんは憂いだ顔で、こめかみを押さえてむちんと口にもちもちのごま団子を口に放り投げ食べ終わる。


「俺のほうも恐ろしい弟なんです。弟の配役は、不完全という美を追究するために演じ終わる度に処分されます」

「えっ……演じ終わったら死ぬんですか?」

「それを誰かが決めたわけじゃない。でも、演じ終わる度に毎度弟は自殺していく。もうきっと配役が一万回以上は決まっていて。一万回死んで一万回違う弟が宛がわれる」

「ほ、ホラーですねえ」

「だからこそ、弟は白鳥なのですよ。美しいんですよ。そもそも始まりは醜いと思っていたら美しいになるんですから、怖いでしょう。でも、永遠の配役は美じゃない。シンデレラはともかく、弟は明確な美の象徴だ」


 蜂須賀は兄さんの言葉に震え上がりミネラルウォーターを一気にごくごくと飲み干そうとする。それでも咽せてしまいごぼっと勢いよく水が口から溢れて、げはっと吐き出しそうになってしまったが。

 猫のような眼差しで姉さんは、チャーハン弁当のシウマイをかりかり頬張り、飲み下す。


「無理よ、私達にはそこまでいけない。常識を何処かで思い出す。常識がないからきっと美しいの二人は」

「なら醜い人でも常識が無ければ美人になれるんですか?」

「兄さんの弟みたいに?」


 蜂須賀は変な話だと油淋鶏弁当を握りしめ、二人の顔を面くらい見つめる。それならば蜂須賀にも美人になるチャンスがあるとも言われてる感覚だ。

 簡単だ常識さえ棄てれば良いのなら。考えを見透かされたように、姉さんはにこにこと蜂須賀の顔を覗き込んだ。


「無理よ。美人になりたいと思った瞬間から、美人にはなれないの。美人は美を持っているのが当たり前よ。醜女は大体が美のコンプレックスを持っているわ」

「条件の一部なだけだよ。魅力的な人ってどういう人が魅力的だと思う?」

「尽くしてくれる人!」


 米粒を飛ばすような勢いで挙手した蜂須賀に二人は笑った、子供でもあやすような楽しげな笑みだった。


「それだとロボットでもいいね。ロボットは魅力的?」

「……人間としてならちょっと違うかな、アニメならかなり好きだ!」

「そう、でも俺は何でも言う通りにする人は俺は嫌だな。個性的な人って、多分さ。多分だけど、常識のない人なんだろう」

「……それはただの迷惑なひとじゃないですか」

「でもその迷惑がたとえば、蜂須賀さんが死なないとまずいくらいお金に困っていて百万円必要でさ。自分の家を売ってまで貴方に一生懸命泣きながら与えたとする。怖いけど魅力的じゃないか? 自分に向けられたら」

「何をするか判らない人は、自分に向けられた優しさがたまらなくなるのよね。英雄の気質に似てるわ」

「だからこの間俺たちは意見があったんです、常識の度量が外見に出ているのだと。神から齎された物なんだと。弟はきっと諦めるという意思がなかったんですから」

「美を認めるのならアヒルは白鳥の自分を変だと思うはずだもの。白鳥になった自分を見て、幼い頃と違う変化をあっさりと疑わず受け入れた」

「あいつはずっと、仲間への執着を棄てなかった。美への拘りじゃない、仲間が欲しいという執着。美人かどうかは意識してなかったんだ、醜いと言われても」


 兄さんと姉さんは、ねー、と顔を合わせて笑い合っている。何とも不思議な話だと考えるが、蜂須賀はこの茶番が本当に。もしも本当に二人が二つの話の登場人物だとするならば少しだけ救いを感じた。

 常識があるという意味が齎す物は、二人には結末以外は不穏な日常などなかったという意味で。平穏があったという出来事になると蜂須賀には思えてならない。

 主人公が出るまでの二人の人生はきっとのどかだったのかもしれないと蜂須賀は思案する。

 親しみのある二人、優しさを感じた二人がこれから劇とはいえ嫌な眼にあうのはどこか気が引ける。蜂須賀は劇を見たいと感じなかった。

 とんとん、とノック音がする。慌てて蜂須賀は録音を止める。扉からは小さな子供が顔を覗かせて二人に出番だと告げている。時計を見れば、シンプルな柱時計は気付けば十三時を廻っていた。

 姉さんは立ち上がり、兄さんも立ち上がると蜂須賀へ再びミネラルウォーターを差し出し、そっと囁いた。


「午後の部の終わりの頃合いに。きっと桜が見える。その時を逃せば、貴方もこの劇場の一員になるしかありません、逃げられなくなる」

「……頑張って逃げてみます、ねえ。貴方たちは、無事ですよね?」

「……役名があるのに?」

「役名は非凡の証じゃないですか。非凡なら幸せでしょう? 演じて舞台から下りれば、普通になるんですよね?」

「貴方にとっての普通とは違う気がします」


 蜂須賀の言葉は震えているが何処かもうこの事態に慣れつつあり、気丈さも露わになる。

 兄さんはにこやかに笑えば二人でお辞儀して劇場のほうへと向かっていった。無言である今が、きっと答なのだろうと蜂須賀には悲しい。

 姉さんには少なくとも、もしも残酷なほうのシンデレラなら嫌な結末が待っている。

 劇場の舞台の方角を扉から顔だけ出して覗き込むと、舞台の方角はひたすら音楽と人の気配のみだ。客席からの反応が聞こえない辺り、不気味さを感じる。

 楽屋の表札を女性が変えていて、舞台から出てきた十代の子供二人が入ってくる。蜂須賀は思わず扉から離れて中へ戻る。




「あ、チャーハン食べられた!」

「ええ~、じゃあ何が残っているんだ」

「えびちり、と。青椒肉絲のおべんとーだね」

「ならオレはえびちりだ。お前は好きにしろ。おや、姉さんから聞いていた迷い人だな。オレは幸福の王子のツバメだ。ツバメと呼べ」

「ぼくは桃太郎の犬だよ!」


 二人して動物なのに人間じゃないかと感じるが、そもそも通常の劇でもわざわざ本当の動物を持ってくる劇場主はいないなと蜂須賀はすぐに考えを改める。

 ツバメは凜とした顔の外国人めいた顔つきで少しだけ冷たさを感じる。犬の方はくるくるとまあるい瞳が表情豊かで可愛らしさのある理想の子供だった。犬は日本人のように見えるアジア系列の顔つきだ。

 恐らく年配の老人は百人中九十人が犬を理想の孫としそうな愛らしさがある。それでいてツバメは利発さがあり、賢い感覚も空気だけで伝わる。


「暇つぶしにみんなに話を聞いているんだ」

「いいぞ、いんたびゅうだろう! 話してやる」

「何でも聞いて! 何が知りたいの!?」


 蜂須賀は桃太郎と幸福の王子をよくよく思い出そうと考え込む。スマホはもとからある機能以外使えない。ネットを介する機能が使えないのを確認すれば、再びレコーダー代わりに録音を押した。


「二人にはご主人様がいるね。ツバメは像の王子様、犬は桃太郎。ご主人様の望んだ幸せってなんだと思う?」


 二人は対照的な表情を浮かべた。ツバメは嫌悪し今にも唾を吐き出しそうな程眉を顰める。犬は対照的にぱあっと明るい笑顔になると、ツバメへ抱きついた。

 ツバメに抱きついて、きゃらきゃらと明るい笑みを見せる姿に蜂須賀も釣られて笑みがこぼれそうになるほど、犬は愛嬌があった。


「桃太郎はねえ、鬼から奪い返したんだ! とられたもの。だから皆喜んだ、かわりに倒してくれてありがとうって!」

「それが桃太郎の喜びなのかな?」

「ううん、でも判らないんだ。ツバメの話を聞いてると、ちょっとわかんなくなってね」


 犬はツバメにじゃれつきながら、話して話して! とせがんでいく。せがまれたツバメは犬を押しのけて解放されればミネラルウォーターを丁寧に開けて、ゆっくりとした所作で飲み始めてから眼を憂いだ。


「知っての通り王子様は死んだ。王子様は他の人に貢いで死んだ。でも僕には桃太郎との違いが分からない。鬼を倒して強奪するのと、自らを削って情けの施し。何方も物を与えたことには変わりないだろう、周囲には」

「い、いやあ、だいぶ変わるんじゃないか?」


 蜂須賀はぎょっと心臓が冷えてツバメを見つめれば、ツバメは心底理解するのが嫌だと顔で示す。蜂須賀のどきりと虚を突かれた顔がよほど楽しかったのか犬は拍手して蜂須賀を笑いじゃれついた。


「何方も過程を唱えなければ、結果は同じだろう? 他者は物が増えて喜んだ。王子様も幸せだった最初。桃太郎も幸せだった。なら同じじゃないか」

「……過程を隠せば二人は反対になれたかもしれないという意味合い?」

「求める物が違うから、反対になればそれはそれで不幸な気がするけど。まあオレは王子様を見棄てた奴ら嫌いだけどな!」

「前にねえ、ツバメ面白い話していたんだ。王子様と桃太郎の行いは、景品が違うって」


 景品といえば何か素晴らしい出来事に値する人に与えられる物なので、景品という呼び名は蜂須賀にはしっくりと馴染んだ。この頃には犬は蜂須賀にじゃれる行為を飽きて、楽屋をうろうろとしていた。

 景品の違いとは、宝物を得たかどうかと思案したがそういう意味でもない様子だ。


「王子様は自己犠牲の御方だ。自己犠牲とはどういう人物がするとおもう?」

「自分に自信がないひと?」

「ちょっと違うな。完璧主義で責任感の強い人だ。つまり、自己を高める修行だったんだ、完璧な幸福を求めて与えようとしたんだ」


 ツバメは杏仁豆腐がないのかとデリバリーの品を確認し、無いのだと悟ればあっさりとエビチリ弁当を手に席に座る。エビチリ弁当の箸をぱちっと弾けたように割れば、もったもたと食べ始める。犬もはっとして弁当を食べ始めた。犬は上品なツバメとは対照的にがつがつと勢いよく弁当の容器ごと食べてしまいそうな激しさだ。


「多分な桃太郎は自己の修行が肉体だったんだ。求めた物が形あるものだ。だから結果的に外面の、形になる景品だった」

「逆に王子様は内面の修行だったから、景品が自己満足っていう気持ちからの満足感だったんだってツバメが言っていてぼくわけわかんないけど面白いなあって!」


 犬はあははっと大きく声を立てて至極楽しそうにはにかんでいる。自己犠牲の末で幸せならば王子様は何故そんな眼にあうのか蜂須賀には判らない。


「王子様はじゃああんな結末で、悲しさで死んでも幸せだったの?」

「本来自己犠牲っていうのは報いを求めたら地獄だ。満足感があった実績があるのなら幸せだ。最終的にオレと天国いけたし。それでもオレは町の人が大嫌いだけど」

「ツバメしんらつう~!」


 犬はご飯粒を飛ばしながら五分で完食し、綺麗になった容器を机に載せた。犬は育ち盛りの様子で他の弁当に手を伸ばそうとして、ツバメに手を叩かれて拗ねる。


「蠍の火を知ってるか、銀河鉄道の夜だったかな」

「沢山悪い出来事をしてきた蠍が、体を神様に燃やして貰って皆の役立つ炎にしてくださいってやつだよな?」

「何だかオレはあの形は王子様を見ている気持ちだった。演目を見た時に、蠍を王子様だと思ったんだ」


 真面目な顔つきでツバメは語ると窓を開けて、空気の換気をし始める。空調の暖かさも気にしないマイペースな子供だった。


「蠍も王子様も、二人を大事に思ったり愛しむ人のことを考えていないんだ。照らされたり、宝を与えられて本当に心から喜べるか? 喜ぶ奴に良心なんてない」


 ツバメがあまりにも悲しげに告げるので、犬が話を切り替えようと両手を振って注目を浴びたがった。


「ぼくはねえ、桃太郎は鬼と同じ行為をしてる! ってツバメに言われたとき否定できなかったんだ」

「桃太郎は鬼退治して取り返したから? でも喧嘩を売ったのは鬼だろう?」

「結局暴力の解決だからねえ。本当に人間側は何もしなかったのかな? ちょっとも? 桃太郎は鬼に分け与える行為もしなかった最後は。考えたんだよね、ぼくなりに。きっと全員平等になるのは全員不幸になるんだって」

「……平等なら問題が起きないじゃないか」


 蜂須賀は不平等の寂しさや苛立ちを知っている。もっと世の中が平等であるのならば、貧富の差がないのであれば豊かに今頃ビールでも飲みながら、花見でも出来たはずだと内心毒づき不満を顕わにした。

 犬は邪気のない屈託のなさで、左右に首を振って考えながら発言し、くしゅんとくしゃみをした。


「違うんだよ、とっても不幸だよ。みんな幸せはみんな不幸と同じ。差異がある現実で納得できていた宝物の数が、明確に同じ量だと減っていく差に理由がつけられないでしょ?」

「それならいっそ一人が独占すればいいって? 強欲だねえ」

「でも強い人が強欲であれば、みんな頷き従う。桃太郎のせいだから、って。桃太郎は幸せを作り上げたんだ! ……でも、それが桃太郎にとっての幸せかわからないんだあ」


 犬の言葉は益々もって蜂須賀には訳が分からない。美の話と違って、馴染みがあるようで馴染みのない話題だ。美のほうが縁遠い話だと感じていたのに、幸せかどうかという話題はもっと遠い話題だと蜂須賀には理解できない感覚だ。


「桃太郎も他者の辛さを見て動いた人だからな」

「そうなの、二人ともさ。前提がみんなのために、なんだよねえ、自分の為って意味でもあるけど。でもそれって誰かが泣いてるのを許せなかった結果」

「だからオレたちには幸せが、あの二人の幸せはずっと判らない、あの二人には自分の為の感情があまり感じない」

「でも……ぼくたちは結末が幸せだと信じるしかない。だって従者だもの。ご主人様は絶対、ご主人様は正しい。ご主人様が世界の全て、イエスと言えばイエスなんだ」


 足をぶらぶらと椅子に座りながら手持ち無沙汰の犬はツバメの様子を窺う。ツバメもエビチリ弁当を食べ終われば、ふと窓辺からちらりと桜が見えツバメが窓を指さす。帰らなくていいのかという合図だ。

 蜂須賀は慌ててスマホの録音を止めると、二人にお辞儀して荷物を抱える。急な慌ただしさに犬は寂しげだったが、引き留めようとはしなかった。


「そろそろ帰れるみたいだ、帰らないと」

「ああ、そうなの? お兄ちゃんもう来ちゃだめだよ?」

「オレは構わないぞ、警備員がもう一人増えてもいいと思っていた頃合いだ。此処に残って役のない人生を歩み続けよう」


 ツバメの妖しく光る眼差しに蜂須賀はぞっとすれば、慌てて「ご注文有難う御座いました!」と告げて劇場から出て行く。

 劇場から出て行こうと大広間までくれば、赤い絨毯に桜の花弁が載っている。蜂須賀は真っ青に染まる空の色に安堵し、そっと劇場を出て行く。劇場は出て行ってもまだ完全に消えない。消えるわけじゃ無いのかこの劇場はと感じ取れば再びぞっとする。


 二度と紛れ込みたくはないと、そっと自転車を回収する。自転車に乗って、外に出ればO城がライトアップされている。

 O城はまだ開いている、ライトアップだけたまには見ていってこの形容しがたい感覚を取り払いたいと蜂須賀はO城に近づく。

 中へ入れば桜は蒼やピンク、真っ白と様々な色味でライトアップされている。桜の花弁は地面に散らばっているし、O城自体もいつもは真っ白な城が更にカラフルになっている。

 蜂須賀は手元が震えているのに気付くと、スマホを取り出す。

 スマホを取り出し、先ほどの録音を再生すれば奇妙な雑音になっている。嗚呼もうこれは、化かされたのだと思っておこうと蜂須賀はおでこに頭を当てる。



 今まで平凡である人生を好んできた、役のない何一つ目立たない人生だった。


 その全ては自らが常識があり、自らを修行させるわけでもなく。何かを狂おしく追い求めた結果ではないからだと蜂須賀は感じる。


 役名のある悲劇性は魅力的に思えない。ただ蜂須賀はこれからの日常も平凡であり、役のない人生を望むだけだ。

 ただ、蜂須賀は一つだけ願う。


(美しい人は見ていたい、容姿は美しいわけでもないのに。あの人達は美しかった――先が気になった)


 美が恐ろしいというのなら。お伽噺こそ世界で一番美しく、だからこそ魅了されて今でも沢山絵本が出ていて語り継がれるのだろうな、と蜂須賀は一人笑った。








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