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32 悪役令嬢 手合わせをする

「これが長閑というものなのですね。」

「そうだけど、ヴィルさん、案外日焼けするから日陰にいたほうがいいよ多分。」

「レンツ様はもう大丈夫でして?」

「癒やしで治ってるよ。」


どうもお久しぶりです。ヴィルでございます。

クラーケンの一悶着から数日経過しておりますが、それ以降は目立った問題もなく平和な航海となっております。

強い日差しと、やや涼しい強めの海風でなかなかの眠気を誘ってまいります。

当初の船酔いは何処へやら。とても平和な航海でございます。まあ、アイオイ様が船酔いしないように聖女の力を強めに出していただいているそうではありますが。


そのアイオイ様ですが、現在甲板でエシオン様と模擬戦闘をされております。

クラーケンの一件以来、もう少し火力を上げたいとのことでございました。

轟音とともに振り回されるアイオイ様の棍棒をひらひらと避けておられます。微妙に冷や汗をかかれているようなきもいたしますね。


「アイオイさんはゴリラだけど、技術がないから避けるのは簡単なんだよね。ただカスったらヤバいけど。エシオン様は格上相手の訓練かな。受けて流すようにしてる。守る人の剣だねあれは。」

「先手を取るのは弱者の特権みたいなものがございますからね。」

「強者はどうなるの?」

「きりがないので後の先になることが多いようですわね。パワーバランスによるとは思いますが‥‥。今のアイオイ様の動きは中々ですわね。」

「普通はあんな横薙ぎしたら肩外れるよ。」

周りの船員からは口笛やヤジが飛んでおりますが、日に日にゴリラという単語が増えているようです。


「やっぱり!たまには!体を!動かさないとねっ!!」

「動かすのレベルが高すぎる気もしますが。」

突き出した棍棒をそのままながして、足を引っ掛ける。

「のわ! まだまだ!」

前に転けそうなところを棍棒でささえて、そのまま前転のように空中で体をひねり横に薙ぐ。

「くうう、当たらない!」

「これでもAランクですから。」

実際エシオンはほぼSに近いAランク。

Sには功績など複雑な規定があり、王族でなかなか身動きの取れない身では昇格は困難であった。

「ふんぬ!」

渾身の横薙ぎをスウェーバックで交わして、後ろからおしてやると、棍棒はすっぽ抜けて飛んでいった。

「あっ!!、」

ヴィルの方へ。


「うわあ危な!」

動こうとするレンツ様を右手で制して、飛んできた棍棒を左手で掴みます。急に頭を動かすのは宜しくありません。

ところでなかなか握り心地がよろしいですねこれ。

「ふむ。石の槍よりこちらを作るべきだったかもいたしません。」

「よく受け止めれたねそれ。目茶苦茶重いよ。」

「これでもSランクを頂いております。淑女の嗜みというものでございましょうか。」

「魔境に淑女が居たらそうなるの?」

「とりあえず返してまいります。レンツ様は引き続き安静に。」

「ばあやの言うことは守るよ。」

「何よりでございます。」


「流石ヴィル姉! 片手で持てるなんて!」

ぴょんぴょん跳ねるアイオイ様に棍棒をお返しします。

「とても手に馴染むものでございました。制作者の愛を感じますわ。」

「わかる? この握りがこだわりポイントなんだよね。」

「力を込めたときに丁度フィットいたしますわね。」

「そなたらの話は判らんでもないが見た目との乖離がひどすぎるな。」

エシオン様は眉間を抑えて呻いておられます。

「そうだ! ヴィル姉もエシオン様と手合わせしてみたら?」

「私ですか?」

「実際どれくらいの強さが知っておくと安全だしね。」

「成る程。」

しかし強さですか。

なかなか難しい評価ですわね。

「実際他者を攻撃した記憶がございませんもので、いや、先日一度ありましたわね。私が守る方で宜しければ。」

「エシオン様はそれでも良い?」

「うむ。軽めの手合わせから様子を見ていく感じで行こうか。防御の魔法などはヴィル殿は使うのか?」

「戦闘の魔法は習いましたが実際使ったことがほぼございません。下手なことになると大変ですので普通に守るだけでよろしくお願いいたします。」

「そう言えばこれ使う?」

アイオイ様が棍棒を渡してくださいます。

「大事なものでは?」

「よく壊れるから作るのも慣れてるからへーきへーき。」

「ではおことばに甘えさせていただきます。」


エシオンはヴィルを隙無く観察する。

重心の偏りはない、自然体である。正直隙だらけに見える。

「では参るぞ。」

「何時でもどうぞ。」

ヴィルはレイピアでも持っているかのように棍棒を目の前に持ち上げる。

長さがなかなかあるので確かに攻めづらい。

「さて。」

払って内に入ろうかと棍棒の先端に剣をあてた瞬間、某格闘漫画のように巨大な岩が幻のように見えた。

欠片も動かない。

握力1トン位あるんじゃないか?

重心どうなってるの?

なんか床板がミシミシ言ってない?

などと一瞬で思ったが、顔に出さないエシオン。

「少し本気を出すぞ。」

右にフェイントをかけて、左に回り込む。

が、ヴィルと目が合う。

完全に見切られている。

ならば受け止めれるか。

「少し重いぞ!」

エシオンの剣が一瞬輝き、棍棒ごと切り上げる。

ヴィルは棍棒ごとくるりと回ると、剣をそのまま巻き上げ、エシオンは両手ごと万歳の体勢にさせられた。

と、がら空きになったエシオンの頭のすぐ上を轟音を立てて棍棒が飛んでいき、海の彼方で着水した。

「あ。」

ヴィルの手元にはポッキリ折れた根本だけがあった。

「アイオイ様、大変申し訳ございません‥‥。本当に壊してしまうなんて‥‥」

「いえいえ! 根本があればすぐに作れますから!」

「エシオン様、ご無事ですか?」

「ああヴィル殿。一本取られた。あれはなんの技か教えてもらっても?」

「特に名前があるわけではないのですが、力任せに巻き上げただけでございます。我が家の剣士は大体は回転すればなんとかなると申しておりました。」

「恐ろしい話だな。」

「ただ、以前の記憶より力が増している気がいたします。聖女の力というものなのでしょうか?」

ヴィルは手をわきわきして首を傾げる。

「外に漏れ出るはずの聖女の力が全部内に籠もってるならさもありなんって感じかなぁ。魔力持ちも肉体強めだから下手したら二重で強くなってる可能性が‥‥。」

アイオイは冷や汗をかく。

魔力も聖女の力もトップクラスならもはやその力は間違いなく地上最強。

まだ攻撃に慣れていない今でクラーケンを一蹴できる力がある。

慣れたら恐らく世界を滅ぼせる。

「ヴィル姉って人類の味方だよね?」

「人類の定義がよくわかりませんが皆様には大変な御恩がございますわ。」

「世界を滅ぼしたくなったらその前にひと声かけてね。」

「今のところ予定はございませんので多分その日は来ないかと。戦い自体も苦手でございますもので。」


後日の話

「完全に油断してましたねエシオン様。」

「レンツ‥‥油断ではない。想定外というのだ。埒外だ。」

「わからんでもないですが‥‥。まあエシオン様は守り優先ですもんね。先制攻撃苦手ですもんね。」

「反省はしている。そのうちお主も付き合ってもらおう。」

「できる範囲で頑張りますよ。」

「できる範囲では足りぬ気もするがな‥‥。」

「そうすね‥‥。」


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