31 悪役令嬢看護中
「あのおヴィルさん。少しは体を動かさないと鈍るんだ‥‥。」
「レンツ様。意識のない人間が転倒した場合は、1ランク上の外傷扱いにいたしますのが基本でございます。癒やしがあるからと言って無理をしては元も子もございません。また頭部外傷は時間が経ってから症状が現れることもございます。少なくとも24時間。できれば数日は安静に。それがすぎれば数週間の経過をみるのが基本でございます。」
「スミマセン‥‥。」
「視覚の左右差も御座いませんし、眼球運動や瞳孔も大丈夫ですので、今のところ大きなものはないかとは存じますが、油断は禁物で御座います。今顔を触っておりますが、左右差はございますか?」
「ハイ‥‥。いや、大丈夫。」
「うーんヴィル姉はてきぱきしてるねぇ。」
病室の外からこっそり眺めるアイオイとエシオン。
「アイオイ殿。なぜこんなこっそりと?」
「ほら、こういうときにラブロマンスって産まれやすいじゃん?」
「そうなのですか。」
「緊張の種類の誤認みたいな噂は聞いたことあるよ。」
「戦地でスタッフや現地の村人と結婚しやすいとの噂は耳にしたことがあります。なるほど。」
「ただ恋人っていうか、親子だねありゃ。だめだ。」
アイオイは首をすくめ、病室から離れる。
「ヴィル殿は自身も吹っ飛ばされたのを忘れているようですな。後で釘を差さねば。」
エシオンは真面目に悩む。
「ところで、ヴィル姉の最後に使った魔法、近場で見てどうだった?」
「‥‥正直何がなんだかわかりません。水自体が変形するほどのなにかの力を加えたのでしょう。それがクラーケンに直撃して、大砲のように爆発したとは考えています。恐らく加熱石と似たような機序かと。」
「詠唱は?」
「いや。無詠唱でした。」
「簡易なものなら無詠唱が出来る能力を持っている人は見たことがあるけども。」
「あそこまでの破壊力で無詠唱など誰に言っても信じないでしょうな。」
「事前に唱えて、ストックしていた可能性は?」
「それは否定できません。」
魔術師が戦地で簡単な呪文で魔術を発動するのは大半予めある程度唱えているからである。
「どっちにしろ無茶苦茶だよねぇ。船員に口止めは?」
「無理でしょうな。女神様とみな崇め倒してます。」
「創造神ではなくて女神なの?」
「船乗りは独特の宗教観があるみたいです。世界が荒れると別の世界から女神様が降臨して、救ってくれるそうです。」
「まああながち間違ってもなさそうなのが怖いところだけど、創造神様は同じ世界って仰っていたから違うよね。」
「そうですな。創造神様を疑うのは恐れ多いこと。何れにしても好意的には受け止められているようです。恐れているのは我々くらいかと。」
「‥‥バレた?」
「それはまあ。」
「割と荒事乗り越えてきたけど、本気で相手して逃げ切れないと思ったのは多分初めて。」
「アイオイ様の足の速さは騎士団と比較してもトップクラスですから。」
「よくナーラックの人たちは普通に付き合ってたね。いい人なのはわかるけど、暗黒竜が隣に引っ越ししてきて平気でいられる人って少ないよ。普通は。」
「牧歌的で説明できるのか、向こうではそこまでの力を見せていなかったのか、器が大きいのか。ただ正直一般市民からすると我々も十分人外の範囲かと。」
「誤差みたいなものなのかもね。ナーラック領主さんは珍しく魔力無しらしいからそれもあるのかも。まあ確かに気にしてもしようがないか。」
「遠すぎるとわからないものです。我々はまだ相対的には近いからわかってしまうのでしょう。」
恐らく指先一つで肉塊に変わる。
それも虫を潰すより少ない力で。
ただアイオイもやろうと思えば一般人相手なら数千人を素手で引きちぎれる力はある。
「結局は在り様なのかなあ。未熟!」
パアンとアイオイは自分の頬を叩く。
「アイオイ殿!?」
「よし!切り替え終了!」
「顔真っ赤ですよ!」
「あ、力入れすぎたかな。癒やしよ。」
手のひらに力を込めて顔をこねる。
すうっと赤みが消えていく。
「思ったより強力な魔獣が出るって報告しないとね。退治はしたけどあれよりもっとデカいのがきたら太刀打ちできないよ。」
「そもそもあのサイズのクラーケンなど数百年報告がない話です。やはり世界的に活発になっているのでしょう。」
「今はいいけどこれ以上になると物流が心配だね。飢饉が起きたら滅びる国が出てくるよ。」
「魔力の濃度が世界的に上がってきている原因を突き止めないことには‥‥ですね。」
「このままだと歴史にある人魔戦争にまた突入するかもしれないと危惧はしているみたい。」
「当時と異なるのは魔族は滅んだあとということでしょうか。」
「魔族は滅び、魔神は去り、残るは僅かな魔獣のみ‥‥か。ヴィル姉は魔族だと思う?」
「聖女の力を持つ魔族ですか。多分力を発揮した最初の段階で自壊していると思いますよ。クラーケンから攻撃も受けておりましたし、流石に無理があるかと。」
「だよね。言ってみただけ。」




