13 悪役令嬢と晩餐会
明日のプリデビュタントを控え、集まったお子様や領主一同による晩餐会に参加しておりますヴィルでございます。とはいえ使用人は時間が異なるので、美味しそうなご飯を目の前によだれを垂らすのを我慢するのが今のお仕事でございます。
「ぬぬ? 何やら不穏な気配が‥‥? いや気のせいか‥‥」
此方の御領主様である、ジル・ファストロット男爵様が周りを見回して首をひねられています。
武功で鳴らした方と伺っております。なかなか気配に敏いご様子です。気を引き締めてまいりましょう。
ハノイ様からも謎のアイコンタクトが来ましたので軽くウインクでお返ししておきましょう。あら、眉間をなぜ抑えてらっしゃるのでしょうか。
「ごほん。まあ気を取り直して、今回、主催させていただいたジル・ファストロットだ。色々あった一年であったがまた皆の顔を見れて嬉しく思う。厳しい時勢になることが予想されてはいるが収穫量も増えるとの報告もある。これからの激動の時代を皆で乗り越えようではないか! それでは子どもたちをこれ以上餓えさせるわけには行かないので挨拶はこれまでとする。ささやかではあるが皆楽しんでくれ。」
拍手とともに飲み物がサーブされます。ふむ、あの黄色は珍しいぶどうジュースでしょうか。初めて目にしますわね。領地の北はワインが名産と聞いております。多彩な農作物が取れるのはなかなか素晴らしい事です。
今回のお食事は比較的大きめで、取りやすい形をなしているものが多いようです。お子様のマナー講座がてら、おそらくテューダーローズ様にご配慮されているのでしょう。
顔色自体は悪くはないのですが、やや動きが緩慢なのがおそらくテューダーローズ領のご当主様、ナルクル様でしょう。マンティコアの毒は神経に潜伏する性質と聞き及んでおります。酷くなると呼吸筋も侵されるとのことですが、今のところはそこまでではないようです。
息子様のバイク様も少し心配そうに見ており、ナルクル様は苦笑しながら頭を撫でられております。
やはり別の国と言いますか、私の知る貴族というものとは異なる社会がありますわね。
「ヴィルさん、どうかした?」
隣で控えているレンツ様が小声で話しかけてこられます。護衛とはいえ屋内ですので武器は預けており、今は小性のような立場として控えている我々です。
「やはりこの国は私、とても好きですわ。」
「そっか。」
いつもツッコミをされるレンツ様ですが、少し笑顔で、ちょっぴり苦笑しながらそう答えてこられます。
何か見透かされているようですこしだけ気恥ずかしい気持ちになりますわね。
「レンツ様も悩み事があればいつでもこのばあやを頼ってくださいまし。」
「ばあや好きだね。」
「今はお姉様でも良いですよ」
本日の顔はレンツ様ですので、双子と言っても過言ではございません。
「他の人にそんな感じで言うのはやめようね。大変なことになるから。」
そんなこんなで穏やかに晩餐会は終わり、明日の本番を待つばかりとなりました。
庭には警備の兵が歩いており、万全といったところでしょうか。まあこんな町中でなにかあるわけでもございませんが。
旅行先ということで、少し目が冴えてしまいましたので外にでかけてみましょう。夜遊びというやつですわね。ちなみに転生初日のあれは夜遊びではなく遭難ですわ。
窓からひょいと飛び降りて、茂みにこっそり着地いたしました。淑女の嗜みとして無音でございます。
「暗殺者かとおもったわ。」
横を見るとご自身の胸に手を入れかけたジル・ファストロット様がおられました。
「これは夜分に失礼いたしました。ハノイ・ナーラック様にお世話なっておりますヴィル・ロゼリアと申します。」
「ああ‥‥例の‥‥。」
はぁとため息をつかれます。はて、例のとは何でしょうか。
「ハノイは良いやつ過ぎる。ただ胃も弱いから程々にしてあげてくれ。」
「勿論でございます。」
「これは強敵だな。」
ジル様はくっくっくと笑われます。
「ところでジル様はこのような夜更けにいかがなされました? 探しものでしたら使用人をお呼びいたしましょうか?」
「いや、俺もおまえと多分同じだ。軽い息抜きだよ。色々最近悩みが多くてな。」
「魔獣被害でございましょうか。」
ジル様は少し驚いた顔をされます。
「よく知ってるな。」
「耳は良い方でございまして。」
ジル様は呆れたようにため息をつかれます。
「‥‥爺さんの時代はマンティコアなんて幻の存在だったのについに近所に現れるようになってきた。俺らの使う魔法も爺さん世代よりは強いとはいえ、所詮生身の人間だから噛まれりゃ終わりだ。だが、魔法を使えないやつよりは頑丈だからな。領主とはいえ命をはらなきゃならん時代になっちまったんだよなぁ。」
「戦うのはお嫌いですか?」
「‥‥好きも嫌いもなかろう。命を奪うのは気持ちの良いものではない。必要だからしているだけさ。」
ジルは首をすくめてため息をつく。
「願わくば子や孫の代にはこんなことしなくて良い時代が来れば良いんだがな。」
「私は生物とは基本的に闘争の宿命を持っていると思っておりました。自分の存在を確立するためには何かを踏みつけにせねばならないと。今まで疑問に思ったことすらございませんでした。」
「‥‥結局足るを知る‥‥、ということだと俺は思ってる。」
「けだし至言でございますね。」
ふい、と上を見ると、満天の星空です。
帝国に居た頃はこのような空を見た記憶があったでしょうか。
「私、こちらにお世話になって始めて生きている気がいたしますわ。」
「セントロメアはいい国だろ?」
「ええとても。ですから私から僭越ながら一つだけアドバイスでございます。」
「なんだ?」
「早く寝ましょう。」
「確かに。」
上の階では行方不明になっている領主と使用人を探して慌ただしく動いている気配がいたします。
なにやらこってり怒られそうな予感がいたします。