3_22 最終話:悪役令嬢と平和
ここはナーラック。
人類領、今となってはゲーキとの区別もつかないので地上世界と呼ばれることが多いが、その中でも端っこの方にある長閑な領地である。
ある、というよりはあった、というのが現状は正しい。
「ということで、どういうことなのか聞いても良いかな?」
引きつっているのはナーラック領主ハノイ・ナーラック。
小国の中の地方田舎男爵から一転、創造神ゆかりの地となり、一大観光地になり、またクリスタルと祠の研究所が出来上がり一気に発展してきてめまいどころか白目を向きそうな可哀そうな人である。
「お父様が引っ越ししたいとのことで、土地の一部を買いたいと言ってまして。」
ヴィルはすっと目をそらす。
「ヴァンドゥーク侯爵が、こんなド田舎に‥‥?」
「まあ、子離れの出来ていないのもあるのですが、正直ベルクートアブルだと距離が遠いので色々と面倒というのがあるようですわね。」
クリスタルの研究はベルクートアブルとフェンガル、人類領を中心に進めている。ゲーキに関してはあまり関係が無いので別の調整に人員を割いて貰っているところである。
なにせこの世から聖女が消滅したから。
創造神とのすり合わせは至極単純な話で終わっていた。
まずは増え続ける魔力はクリスタルに保管して利用することで抑えられ得る、そして無限にエラーを吐いている原因としてはシステム外の訪い人の力を持つ聖女が永遠に存在している事であった。
本来であれば微調整のために現れてそして送り返すようなものであったが、人類の負の知恵によってこのような状態になってしまっていた。
そのためヴィルは全ての聖女の力を取り上げる事とした。今の代の創造神を超えた力をもつのと、自分自身がその一部であるが故の荒業であった。
勿論人類領は大混乱に陥った。
いままで怪我を治していたのが聖女だったためである。
ただ、そもそも人類領以外には聖女がいないため人類領以外では大した問題にはなっていなかった。
ちなみに勇者の力も失われたが其方は大した問題とはならなかった。
いずれにしても医療体形が大幅に変わることで大混乱に陥った人類領域のケアのため、急遽ゲーキやベルクートアブルから医官等が派遣されて、急ピッチでインフラを整えることとなっている。
そしてクリスタルの力を魔力を吸収することと、また電池のように取り出す力を用いて色んな技術開発がなされているところであった。
そうして世界は、誰かの悲惨な犠牲から独り立ちしてようやく歩みを進めていくこととなったのである。
「結局あの祠はなんだったんだ?」
ハノイの質問にヴィルは首をすくめる。
「まだよくわかってないみたいですが、元々魔力の貯蔵施設だったようです。散逸した文献から推定するに、貯蔵に不具合が起きて、無限に魔力を溜める状態となって、祠自体が一方通行のようなフィールドで封印されしまっていたようですわね。お陰で一方通行のためこの地域の魔力濃度減少を引き起こしていたようです。まあ、それを悪用していた人たちもいたようですが。」
「というと?」
「恐らく、やんわりした表現でいうとゴミ捨て場のような扱いだったのでは。恐らく訪い人のあの子もそこに捨てられたのでしょう。人類程度の力では殺しきることは不可能でしょうし。ただ‥‥内部がどうなっていたかは今となっては推測ですが、貯蔵の限界を超えた魔力が充満した空間に、まあ、生命体が存在できるとはとても思えない状態に数百年でなっていたとの試算でしたわ。」
「それを耐えきったのか‥‥。」
ハノイは嫌そうな顔をする。
「回復の能力をお持ちでしたが、恐らくその真価としては適応だったのでしょう。その結果訪い人のあの子は人知を超えた力を手に入れてしまったのでしょう。まあ、おかげさまでといいますか、その力に魔王の力、そして私のベルクートアブルの力が上乗せされて創造神を超えることが出来たわけですが。」
実際現状のヴィルがどういうものから成り立っているかはかなりあやふやである。
とはいえ、その人がそうであるか否かなんて誰にもわからないことではある。
「もうおとぎ話にしか思えんな。」
ハァーとため息をつく。
「で・だ・な?」
ハノイはにっこりと笑う。
「なぜアイオイ様の聖女の力が残っているんだ???」
その質問にヴィルはついと目をそらす。
「恐らく私の力を直接分け与えた人たちは弾かれたみたいですわね‥‥。」
ヴィルはあらゆる人類の分子構造を訪い人ではなく、この世界のものに組み替えていった。ただ、亜魔人の面々等ヴィルに直接つながっている人たちはどうしても弾かれてしまう。
訪い人の癒しという業により自己の肉体を組み替えるという自傷行為に近しいことが出来なくなっているのではないかとの意見も出ていたが結局は謎のままであった。
まあ確かに自分自身の能力を入れ替えれるならあの子もそんなに苦しまなかったのにな、と思っていた。
「ふむ、レンツももはや人類とかいう次元じゃない強さになっているし、エシオン様も似たような感じになっている。で・だ・な?」
ハノイははぁーとため息をつく。
「うちのリアもやっぱりそう、なのか? 亜魔人、ではないが‥‥。」
ハノイは視界の端で、残像すら残らない速度でベルクートアブルの人たちと追いかけっこしているリアを見てそういう。もはやゲーキの人たちでは負いつけすらしない。
「そうですわね‥‥、恐らくイニシエーションの際に同調してしまったせいで同一に近い存在になってしまったのではないでしょうか。」
「ということは。」
「リア様は恐らくレンツ様等の次くらいに位置する力はお持ちだと思います。恐らくベルクートアブルでも比肩するものが居ないレベルかと。」
それを聞いてがっくりと膝を付くハノイ。
「まあまあ、力が無いよりは、ねえ?」
横で静かにしていたテレジア・ナーラック男爵夫人は遠い目をしてそういう。
「まあ、そのうち注文していた魔力封印のネックレスも届くでしょう。フェンガルの研究員も張り切っておりましたし。」
「前のネックレス型の封印が吹き飛んだときはどうしようかと思ったが、旨く行きそうならそれでよい。どうしようもないことだしな。」
ハァとため息をつくハノイ。
「ただ人類領で生きて行けるのか?」
「そうですわね‥‥。」
実際ベルクートアブル、別名天上世界と地上世界の人たちはほぼほぼ住み分けられている。というのも生きていくための魔力濃度が違うからである。
地上世界の人たちが天上世界のような高濃度の場所にいると精神汚染が起きる可能性があり、また逆になると息苦しさを覚えるようである。ただベルクートアブルでも貴族位レベルまで実力があるとかなりの長期間居ない限りはさほどの影響もないのと、逆もまた然りという感じであった。
「まあ、リア様レベルまで行くのであれば全く問題ないでしょう。」
「それならよかったが。」
ほっとするハノイ。
「そう言えば、ヴィルが此処で見つかった理由はその、祠の影響なのか?」
「あくまでも推測、でしかないという前提の話ですが。」
紅茶を一口含み、ふぅとため息をつく。
「恐らく私のベースとなった訪い人の肉体があそこに倒れていたのは、先代創造神と相打ちになったからだと思います。メトスレ様や最後の魔王が使った暴走術で全ての力と引き換えに。恐らく‥‥。ただ、本人の想像以上に回復の力が強かったため肉体がゆっくりと復元されてしまったのでしょう。ただ魂自体は大半砕け散った状態だったため不完全なまま放置されていたのだと思います。そこにたまたま私が入り込んだ形ではあるのですが。」
ふうむ、と顎に手を当てる。
「何やら慌てた状態で私の魂を突っ込んでいたので、この前それについてしめあ‥‥優しく聞いたところ、訪い人が天寿を全うするか元の世界に戻さない限り次の訪い人が来ないらしく、とはいえ肉体だけで転送も不可能とのことで、ふさわしい魂を探していたらしいのですが、残念ながら人類領に訪い人の慣れの果ての肉体に比肩する魂は無かったようですので、ベルクートアブルから、ベルクートアブルを超えた魂を持ってしまった私が丁度さまよっていたので、ということらしいですわね。そのあとは一旦問題を棚上げして別の不具合の調整に行ったり、別世界の仕事をしたりしていたとのことですわ。」
「壮大過ぎて意味が分からん。」
ハノイはお手上げをする。
「とりあえず創造神には二度とこの世界に関われないようにする呪いを入れておきました。ただ例外として、人類、ゲーキ、ベルクートアブルの王の魂を生贄にささげた場合に連絡がつくようにしております。」
「‥‥生贄?」
「神の奇跡なんてものに軽々しく手を出すのは面白くないでしょう? 人が人たるのは自らの足で立っているからですわ。誰かの考えに沿って動くのは知的生命体とは言いません。」
ヴィルは皮肉に笑う。
「色々悩んだだろうに。大変だったな。」
ハノイはそういう。
それを見て、ヴィルは少しだけ口をとがらせてフイと横を向く。
「そう言えばレンツ様は今はどこへ?」
「ああ。エシオン様とレム様とあとハルカか。地図にない小国を回ってるよ。亜人の国とか。世界がごろっと変わったけれど相互に交流が乏しいところは情報がないだろうからってことで。」
「お優しい話ですわね。」
「まあ、これを機にっていう下心もあったりはするんだろうけれど、今となっては国家間紛争とかやってる場合じゃないしねぇ。エプラスも更地になっちゃったし。」
「そうですわね‥‥。」
当時はムゲラルを始末するためだと思っていたが、その後の行動を見る限りは単なる復讐だった気もする。
訪い人のあの子はエプラスを八つ裂きにしても飽き足らないほどの憎しみがあったであろう。
ヴィルはそう、もういなくなってしまった二人に思いをはせた。
「クソみたいな運命でしたが、それが無ければ出会わなかったと思うと、果たしてトータルでは幸せだったのかどうなのかは‥‥私にはわかりませんが、最後に二人の笑顔が見れて私は良かったと思っています。」
「そうだな。そうかもな。」
ハノイは優しく頷く。
「ところで、ヴァルヴィオ・ベルクートアブル殿下は何時までうちの下働きをするつもりなの?」
ハノイはヴィルの横に控えている執事姿のヴァルヴィオに向かって胡乱な顔をする。
「レンツ少年は長い時間をかけて信頼関係を築いたという。我は出奔で一時的に王族から外されているので、自分を見つめなおそうと思っている。そしてヴィルヘルミーナ様の補佐というと、執事ではないかと思ってこうしているわけである。」
「とおっしゃっているが?」
「若気の至りでしょう。此方の時間軸であと200年ほどすれば気も変わるのではないでしょうか?」
「気長な話だなぁ。俺死んでるよ。」
「ヴィルヘルミーナ様の身の回りの世話やナーラックの安全は任せるのである。」
「過剰防衛にもほどがある気が。」
「私が居る時点で何をかいわんやという感じではございますが。」
「まあそうねぇ‥‥。」
ハノイははるか向こうに見える巨大な大神殿をみて遠い目をする。
現人神というか、リアルな神なうということで聖職者全員が一致団結して聖地作成をした結果がそんな感じである。
ちなみに創造神のご本尊は根こそぎ破壊されたが、一部の原理主義者が守っているようで小競り合いは続いているとのことであった。
「来年はリア様も入学ということで、ばあやは心配で心配で。」
「その設定まだ残ってたの?」
「勿論でございます。リア様は天使ですからね。」
「そう言ってもらえるとありがたいやらなんやら。」
「まあ結局国の方針なんてものは王族に任せておけばよいのです。地方領主のやることは手の届く範囲を幸せにすること。それだけで十分でございます。」
「手の届く範囲内が天外魔境なだけなんだけどね‥‥。」
「でも大丈夫でしょう?」
ヴィルはにこりと笑う。
「まあ、今までもなんとかやってきたしな。何とかやってくさ。」
ハノイは首をすくめる。
「ほら、噂をすれば、あのスカイドラゴンはレンツじゃないか?」
ハノイは視力強化をして水平線を眺める。
遥か彼方からスカイドラゴンの一団が此方に向かってきているのが見える。
「その様ですわね。」
「ふむ、では余はお茶の準備でもするか。」
ヴァルヴィオが指を鳴らすと目の前にお茶とお茶菓子が現れた。
「神の去った世界がこれからどうなっていくか、土産話が楽しみですわね。」
創造神は去り、歪な世界は、厳しくも有るがままの姿に戻った。
その後どうなっていくかは、誰にもわからない。