3_20 魔王と訪い人の願い
うーんとレンツは油断なく魔王をみる。
「これあれだね。メトスレ大司教と同じ状態だね。多分。ストルミ様は分かる?」
レンツはストルミに話を振る。
少しびっくりしたストルミは目に魔力を集中させて魔王を見る。
「‥‥多分、魂に意図的にヒビを入れて、そこから漏れ出した力をそのまま変換している‥‥? 実際はもっとややこしそうだけれど‥‥、完全に自分をすり減らしてるわよこれ。あと5分も持たないわ。」
「なるほど。ちなみにこっちもあと2分も持たなそうだけどヴィルさんはどう?」
レンツはヒビの入った刀で猛攻をいなしながらヴィルに視線を送る。
「3分要るわ。」
まだ骨の状態の手を見せるヴィル。
本来はもっと回復が早いはずだが、魔王の力なのか思ったように治療が進まない。
それを見てヴァンドゥークは何かを決意した顔をする。
「ヴィルヘルミーナ。本来はもっと落ち着いたときに伝えるべきだが‥‥。」
ヴァンドゥークがヴィルに向かって言い難そうにする。
「ストルミ様、今、解放しても宜しいですか?」
「‥‥どうなるか分からないわよ。お兄ちゃん。」
「ん?」
ストルミは真面目な顔でヴァルヴィオを呼ぶ。
「余波は任せたわ。」
「命がけになりそうだな。」
首をすくめるヴァルヴィオ。
「だが好いた女のためだ。今更惜しむ命でもない。」
「何の話を?」
ヴィルは眉を顰める。
「ヴィルヘルミーナ。お前にかけた魔力封印を今から解く。今現在魔法を使えているとは思うが、恐らく増えすぎた魔力が漏れ出ている状態でしかない。」
ヴァンドゥークのセリフに驚愕する面々。
「え!? あれでまだ封印されてたの!?!?!?」
レンツは悲鳴を上げる。
「私の魔法がそんな簡単に解除されるわけないでしょ。」
ストルミは頬を膨らませる。
「お前の魔力を野放しにするとお前ごと国が吹き飛びそうなレベルだったからな。やむを得ない処置だ。だが、それを解除するためには一つのキーワードが必要になる。時間がないのでお前の心のケアは後回しになるが許してくれ。」
「命には変えれませんわ。早くお願いします。」
ヴィルはヴァンドゥークとストルミを見る。
「キーは、ただ一つ。お前の母親の死因だ。ヴィルヘルミーナ。お前が悪いわけではないが、お前の魔力暴走が原因で我が妻は亡くなった。」
「‥‥。」
ヴィルは静かにヴァンドゥークを見ている。
「だが妻は知っていた。生まれる前に処置を施せない事も。そうするとお前が死んでしまうことも。だから命と引き換えにお前を産んだ。それを重荷にしてほしくなかったんだ‥‥。」
ヴァンドゥークは涙を流す。
「ストルミ様。」
「今の知識が鍵になっていたの。ストルミの名においてヴィルヘルミーナの枷を解き放て。」
ストルミから優しい魔力がヴィルを包んだ瞬間、ヴィルの両手が一瞬で生えた。
その次の瞬間、ヴィルから凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
「お兄様!」
「もうやっている。」
ヴァルヴィオはヴィルの周りに筒状に魔力障壁を発生させた。
天を貫く凄まじい魔力の奔流は、天の遥か彼方、時空にヒビをいれるレベルであった。
数秒でその魔力も収まり、ヴァルヴィオは障壁を消す。
「ヴィルヘルミーナ。意識は保っているか?」
過度な魔力は精神の均衡を失わせる可能性がある。急に変わると発生する魔力酔いのようなものである。
「‥‥お父様、ありがとうございます。そしてお母さまの‥‥。」
ヴィルは何かを言いかけて、口をつぐむ。
「ストルミもありがとう。でも全ては終わってからね。」
「そうしてくれるとありがたいかな!!!」
完全に砕けた刀を放り出して、蹴りで魔王から距離を取るレンツ。
「ギリギリ?」
「いつもそんな感じが致しますわね。」
ズタボロのレンツに癒しをかけるヴィル。
「ああ、懐かしいこのおなかがすく感じ。」
「あとでベルクートアブルの食事を用意するように言いつけておきますわ。」
「それは助かるよ。じゃああとは頼むね。」
そういうとレンツは気絶をした。
流した血は癒しでは復活出来ない。限界を超えていたようである。
『ガアアアア‥‥。』
「哀れな運命に翻弄された二つの魂よ。願わくば来世は‥‥、いや、安らかに眠れ。」
一瞬黙とうのように目を閉じ、次の瞬間、ヴィルは魔王の胸を右手で貫いた。
『アア‥‥。』
魔王はビクンと痙攣すると、そのまま膝立ちとなった。
『‥‥ああ、勇者よ。見事だ。』
「魔王ごっこは最後までやるつもりなの?」
ヴィルはため息をつく。
『様式美というものだろう?』
サラサラとメトスレのように砕けながら笑顔を浮かべる魔王。
『これで、やっと、彼女を苦しみから解放できる。』
魔王の前には半透明の少女が浮かび上がった。その少女もゆっくりと砕けている。
少女は魔王をみて、口を動かす。
それを見て魔王は優しい笑顔を浮かべて小さくうなずいた。
『何千年もつらかったな。ゆっくり休め。』
少女は小さく頷いて消え去った。
「結局思い通りってことなのね。」
『不愉快か?』
「同情のほうが強いから許してあげるわ。」
『優しい悪役令嬢もいたものだな。』
フゥと大きなため息をつく。
『あとは我が消えれば不可逆だ。名残惜しいがな。』
「また来世、とは言わない方がいいかしら?」
『そうだな。もう辺獄から呼び返さないでやってくれ。』
「そうね。お疲れ様。」
『すまないな。』
そして完全に砕け散る瞬間。
ビーッ!というアラートとともに、世界が停止した。