3_12 悪役令嬢インザ闇
どれだけの時間進んだか分からない。
闇の中を延々進むヴィルは、不思議と不安はなかった。
この先に居る誰かに心当たりがあるから。
闇の底に、体育座りをする小さな女の子が居た。
その目は、闇色に染まっており、真っ黒な涙を流し続けていた。
ただその見た目はヴィルとは異なっており、黒髪のおかっぱの普通の少女であった。
ワンピースというか、古い貫頭衣のような服装をしている。
「初めまして、で宜しいのかしら? あなたがこの体の持ち主ですわね?」
ヴィルはその女の子に話しかける。
「たまに謎の知識を教えてくださっていたのはあなたですわね。お名前を聞いても?」
少女は涙を流しながら、ピクリとも動かない。
その両手は自分の二の腕に痛いほどめり込んでいた。
黒い涙は床に広がっているが、触っても色が手に移ることはなかった。
無限に広がる闇の中でどれだけの涙を流し続けていたのだろうか。
「横、失礼しますわね。」
ヴィルは少女の横に座る。
「‥‥。」
ヴィルは少女を見る。
無表情で涙を流し続けている少女。
ナーラックで自分が意識を取り戻した時には少なくともこの子はこのような状態だったのだろう。
無意識に少女の頭をなでていた。
そして何ともなしに、独り言でもない、会話でもない言葉を口にしていた。
「おい、いい加減立ち直ってくれよ。」
レンツはヴァルヴィオを小突く。
「‥‥貴様のような平民には分かるまい。王位も家族も、なんなら命すら捨てる覚悟で出奔した結果が婚約者の殺害に加担していたんだぞ?」
体育座りのヴァルヴィオはレンツを睨む。
「王族とか貴族関係なしにヘビーなのは分かるけどさ。そういえばヴィルさんは婚約が原因で襲われたんじゃないかって言ってたよ。」
「襲われた?? ヴィルヘルミーナ様が??」
「それで意識を失って、気が付いたらこっちに居たって言ってたよ。本人は気絶とか言ってたけど、多分殺されたんだと思う。一回あの世で創造神に会ったとか言ってたし。」
「レンツとか言ったか? 冗談もほどほどにしろ。失われた命は帰ってはこない。ファンタジー小説の読み過ぎだ。」
「そう言われてもねぇ‥‥。ベルクートアブルの人なら魂2~3個くらい無いの?」
「我等をなんだと思ってるんだ。死んだら終わりだし、頭を吹っ飛ばされて生きている生命体がいるか。」
「胸に大穴開いても生きてるじゃん。」
「胸程度なら何ということもない。」
「やっぱり頭無くなっても生きてない?」
「昆虫か何かと勘違いしていないか?」
「そう言われても、ヴィルさん生きてるみたいなんだよね‥‥。結界も残ってるし。」
レンツはヴィルを見る。
「まあ、その様ではあるが‥‥。本当にヴィルヘルミーナ様か? それにヴィルヘルミーナ様が襲われて死んだだと? 冗談もほどほどにしろ。」
「どういうこと?」
「貴様はベルクートアブル外の人間だし守秘義務にも当たらん、それにヴィルヘルミーナ様と非常に、非常に不愉快だがある程度親交があるようだから教えてやる。ヴィルヘルミーナ様には死んでも言うな。」
「分かった。」
ヴァルヴィオはパンパンと裾の誇りを払い立ち上がり、レンツとヴィルを睥睨する。
「ヴィルヘルミーナ様はベルクートアブル史上最強だ。単純な攻撃力は我、魔法の技なら我が妹だが、その魔力量はベルクートアブルでも唯一無二だ。新生児の時点で並ぶもののない魔力量だった。また、それに付随する守りの強さもあり、手練れの暗殺者程度の攻撃など通じるわけがない。」
フンと鼻で笑うヴァルヴィオ。
「でも魔法使えないって言っていたよ。」
「それは‥‥、ヴァンドゥーク公爵と我が妹の力をもって封印したからだ。本人には知らされてはいないがな。ヴィルヘルミーナ様の御母堂の話は聞いたことがないだろう?」
「そう言えば確かに。」
「出産直前に魔力暴走が起こり、街が一つ消し飛んだ。これがヴィルヘルミーナ様がお生まれになったときの事実だ。御母堂はそれにより遺骨すら残らぬ状態。公爵も悩まれていたが、ヴィルヘルミーナ様が知るといたく傷つくだろうとのことで秘されている。そしてコントロール不良な小児期を生き延びれると思わなかった我らはヴィルヘルミーナ様の魔力出力を全て封印した。微調整等できぬほどの恐ろしいまでの魔力だったぞ。当時我が妹もまだ小さかったが魔力のコントロールはベルクートアブルで随一の天才ぶりだったからな。当時ベルクートアブル最強の魔力を持っていたヴァンドゥーク・ローゼンアイアンメイデン公爵と力を合わせて何とか封印したというのが事実だ。王族以外には解除出来ぬ封印だが、膨れ上がりすぎた魔力のため我等では最早解除不能であった。ゆえに、正式な婚姻と同時に王族に登録し、自ら解除してもらうように計らっているところであった。本人には成人とともに伝える予定とヴァンドゥークからは聞いていた。娘に甘い男だが、まあわからんでもない。」
苦虫を嚙み潰したような顔をしてそういうヴァルヴィオ。
「ふうむ、なら一端死んで生き返ったから封印が解けたのかな?」
「まあ本当に蘇生ならその可能性はあるが、ならばなおのこと正気を失っていた我の攻撃が通じるとは思えんが‥‥。魂だけ保護をして憑依と転生の中間のような事をすればあながち不可能ではないのか‥‥ううむ。」
ヴァルヴィオは首をひねり、ヴィルを見る。
「‥‥ん?」
「どうしたの?」
「んん???」
ヴァルヴィオはヴィルに近づく。
「‥‥これは誰だ? この体はヴィルヘルミーナ様ではないぞ。」
「え?」
「婚約者の我が見間違うはずがない。誰だこれは?」
「は?」
首なし死体?の前で止まらないハテナマークを飛ばす二人であった。