3_11 悪役令嬢と王子
一方フェンガルにて。
「ヴィルさん‥‥!!!」
レンツはヴィルに駆け寄る。
『ガアッ!!!』
ドップネスの追撃をヴィルを抱えて避けるレンツ。
「ヴィルさ‥‥。」
首から上が無くなっているヴィルは体から力が抜けている。
どう見ても即死であった。
だが
「‥‥魔力の封印が解けてない。生きている‥‥!?」
ヴィルは生きている限りゲーキとの封印は解けないと言っていた。
つまりこんな状態だがヴィルは生きているということだ。
「ベルクートアブルの肉体構造が人類からかけ離れていることを祈ろう。」
レンツはヴィルを物陰に隠し、ドップネスに対峙する。
と、その瞬間、目の前が真っ白になり、別の空間に居た。
「此処は!?!?!?」
レンツは周りを見回すが、真っ白い空間で何もない。
そこにユラユラと陽炎のように揺らめく、人間のような何かが居た。
『祈りが届いたおかげで手伝えるよ。』
陽炎はそう言って笑う。
「何者‥‥?」
『創造神、ってやつ。ヴィルヘルミーナから聞いてない?』
「あなたが‥‥!!」
『さて、残りのエネルギーも少ないから端的にいうと、ちょっと彼に暴れられるとバランスが崩れるから君にバフをかけるね。』
「ドップネスですか‥‥?」
『いや。ヴァルヴィオだね。』
「誰!?」
『じゃあ時間切れだね。』
「ちょっと!!!」
レンツが叫んだ瞬間、現世に戻ってきた。
そして眼前にはドップネスの右こぶしが迫っていた。
「ちょ!!!!。」
それを両手でガードする。
木っ端微塵に砕け散るかと思ったが、思ったほどの衝撃が来ない。
「‥‥これが創造神のバフってやつか‥‥。無茶苦茶だな‥‥。」
身の丈を超えるほどの力にレンツは喜びより恐怖を覚えていた。
軽い気持ちで、フェンガル以上の力を与えられる存在に。
『ガア‥‥!』
「正気が無い相手を攻撃するのは気が引けるけれど、こっちもいっぱいいっぱいなんだよ。すまん!!!」
レンツの右拳が黒い光を放ち、ドップネスの鳩尾を打ち抜いた。
『アア‥‥!』
鳩尾から半透明な本来のドップネスが現れ、そして消えて行った。
「‥‥憑依が解けたのか‥‥? 成仏しろよクソ野郎!」
がっくりと膝を付くレンツ。
もう疲れ切って体力も魔力も欠片も残ってない。
「そうだ! ヴィルさん!!」
レンツはヴィルに駆け寄る。
ただヴィルは先ほどと変わらずピクリとも動いてはいない。
ただ頭のなくなった首の断面は肉が見えているが、血は全く出ていなかった。
「どういう状態‥‥?」
「なんだその死体は?」
「死体じゃない! ヴィ‥‥え?」
急に話しかけられたレンツは反射的に反論するが、そもそも誰が話しかけてきた?
ゆっくり振り返ると、そこにはドップネスの依り代が居た。
「長い夢を見ていたようだ。ここはどこだ? お前は何者で、何故死体に話しかけている。」
そこには先ほどまでの知性のない顔ではない、上位者の気品と威圧感があった。
「ここはフェンガル。俺はレンツでさっきまであんたと殺し合いしていたんだよ。」
「殺し合いだと‥‥? 我がそのような野蛮な。いや、嘘をついている顔ではないな。それにフェンガルだ? バリアを抜けれたのか。」
ふうむと顎に手を当てて考える大男。
「あんたは誰だよ。」
「ふむ。我を知らぬならその態度、まあ仕様がないか。我が名はヴァルヴィオ・ベルクートアブル。大いなるベルクートアブル大帝国の第一王子である。」
「嘘をつくな。ベルクートアブルは時間が停止しているはずだ。」
「ほう、思ったより詳しいな。その通り。我が妹がベルクートアブルを封印する寸前に逃げ出してきたのだ。だが思ったよりもベルクートアブルの封印は強くてな。時空のはざまで意識を失ってしまった。そして気が付いたら今だ。」
「‥‥わけがわからん。だが嘘ではないんだろ? あ! じゃあヴィルさんを知っている!?」
「ヴィル?」
「ヴィルヘルミーナ・ローゼンアイアンメイデン。」
「何! 貴様! ヴィルヘルミーナ嬢を知っているのか!!!!」
ヴァルヴィオはレンツの胸倉をつかみあげる。
「ヴィルヘルミーナ嬢は此処にいるのか!? お元気なのか!?」
「あんたが頭を吹っ飛ばしたばっかりだよ!!!!!!。」
「は?」
「この体がヴィルさんだよ!!!!」
「‥‥は?」
ヴァルヴィオは顎が落ちるのではないかと思うほど口を開けたまま固まった。
黒い闇の中。
ヴィルは揺蕩っていた。
「ふうむ、これが死後の世界というやつでしょうか。」
音も光もない完全な闇の中。
「ですが、私の体には影が出来ていますわね。」
手のひらをくるくる回すと、明るい側と、暗い側がある。
「つまり明るい側には何かがあるのでしょう。行ってみましょうか。」
ふよふよと闇の中をその方に向かう。
何故動けるか、どうやって動いているのかはよくわからない。
だけど、この先には会わねばならない人が居ることは何となくわかっていた。