3_10 悪役令嬢不在中 ナーラック決戦2
「癒しよ!!」
アイオイの叫びとともに、半分千切れかかっていたハノイの体が戻っていく。
「‥‥アイオイ殿?」
「無茶をして‥‥、ナーラックの人たちは無茶ばっかりです!」
亜魔人状態のアイオイはプリプリ怒る。
「はっ! テレジアは!」
「大丈夫です。」
見るとベヘモスは二匹とも膝を付いていた。
「間に合ったようだな。」
エシオンはボロボロのナーラックの面々をみてはぁとため息をつく。
「途中でレンツの仲間だったか? アリサとソーマにも会った。二人はナーラックの避難誘導のほうに向かってもらっている。小さな魔獣も活性化しているようだからな。」
エシオンは油断なくベヘモスを見る。
アキレス腱を切り飛ばしたが、紫の煙とともに治りつつある。
「いかれた回復力だな。よく1匹倒したもんだ。」
「自慢の娘が居まして。」
「死にかけてすぐそれだけ惚気れたら大丈夫だな。テレジア殿も後ろへ。」
「‥‥ありがとうございます。」
目を真っ赤にしたテレジアはハノイの頭をつかんで後ろに下がる。
「痛いんだけど!?」
「生きてるありがたみよ大馬鹿!!!」
「ごめんごめん。」
ハノイはテレジアの頭をなでる。
「そう言えばお二方は連絡が届いたので?」
「連絡と言えば連絡だが、ナーラックからではない。ライネイ殿からだ。」
「ライネイ殿から? どうやって??」
「創造神殿が経由してくださった。」
「へぇっ!?」
ライネイは王城に向かう前に大神殿に寄っていた。
ヴィルヘルミーナが創造神と連絡が取れると言っていたことを思い出した。
今のようなピンチであればひょっとしたら連絡が取れるかもしれない。
「済まんが大本尊を借りるぞ。」
「な‥‥何事で!?」
「世界の危機だ。」
「はぁっ!?」
ライネイは魔力の威圧で全員黙らせる。
ほぼ失った魔力でも、平民程度とは比較にならない。
そのまま足早に大本尊の前に行くと、膝を付いて祈る。
(ナーラックの危機を、だれかにお伝えください! お願いいたします!)
信心深いとはほど遠いライネイだが、生まれて初めて必死に祈った。
その瞬間、大本尊が光り輝く。
「これは‥‥!」
了承したかのように大本尊が何度か輝き、そして砕け散った。
「‥‥やるだけのことはやったか。あとは普段通りの手段で連絡を取るのみだな。よし、王城に向かうぞ!」
「は‥‥はい!!」
「大本尊が!!!!」
司祭達の悲鳴は無視することにした。
「朧げだがライネイ殿からの伝言でナーラックが危機と連絡してくれ、と言われてな。頭の中に急に人の声がしたときは病院に行こうかと思ったぞ。」
「まあ、たまたま私も近くにいたので妄想じゃないと分かったんだけどね。」
「それで‥‥私が‥‥全力で‥‥お送りしたわけで‥‥。」
そこにパッタリと倒れているのは狼状態のシーリカ。
アイオイの癒しをかけられ続け、魔力と筋力のすべてを使い果たしてナーラックまで駆け抜けた。その体はもうズタボロであった。
「アイオイ殿。ハノイ殿はもう大丈夫か?」
「うん。ばっちり。」
「ではやろう。」
「了解。」
「グオオオ!!」
高まる二人の魔力に反応して、同時に襲い掛かるベヘモス。
「フン!」
ドゴオ!という音ともにベヘモスの拳をその小さいからだで受け止めるアイオイ。
地面にバリアを張ってめり込まないようにしているが、100m以上にわたってクレーターのようになる。
「えええ!?!?」
「甘い! 食らえっ!!!」
そして光り輝く右のローキックがベヘモスの下半身にめり込んだ瞬間、爆音とともにベヘモスの大半をを吹き飛ばした。
「えええええええ!?!?!?」
上半身はくるくる回って遥か彼方の山に墜落した。
「前より魔力が上がってるな。」
引きつるエシオン。
かつて王城の一部を吹き飛ばした時とは段違いの威力であった。
直撃したら王城自体がなくなるのではないか。
「其方は?」
「もう終わっている。」
チン、と刀を治めた瞬間、ベヘモスはバラバラに崩れ落ちた。
肉眼で見えないレベルの斬撃である。強化した右腕の本領発揮であった。
「‥‥、流石ヴィルヘルミーナ様のお仲間‥‥!」
デミフェンリル達は驚愕で固まるが、尻尾はブンブンと振り回されている。
新しく上下関係が生まれた瞬間であった。
「さて、大物は片付けたが、小物がいるらしい。取り合えずナーラックに戻るぞ。」
「良いのですか?」
「うむ、たまには借りを返しておかなければな。」
エシオンは頷く。
「皆さんに癒しを。」
アイオイは全員に癒しをかける。
「おお! 魔獣の我々にも癒しがかかるとは‥‥。」
力の差が強いと普通は癒しを含め魔法自体が通じない。
デミフェンリルとは比にならないほどの力を持っているこの二人組にゲーキの面々は震え上がった。
「それでは最後まで気を抜かず行きましょう。敵の目的がはっきりしませんから。」
「そうだな。避難は続けておこう。」