3_5 悪役令嬢と黒幕?
「ムゲラル様!!!。」
突然現れた謎の人物質に一瞬で制圧されるエプラスの研究所。
所長のエマは、教皇であるムゲラルが片手で釣り上げられるのをみてとびかかろうとしたところを魔力の帯でぐるぐる巻きにされる。
「控えよ人間、この方は大いなるゲーキの侯爵、ドップネス・ダーロット侯爵その方である。」
「ゲーキ‥‥、ククク、あのよくわからない存在を使って此方に来たか。」
ムゲラルは血を流しながら笑う。
「相変わらず目ざとい男だな。」
ドップネスは嫌そうな顔をする。
「開けた扉は閉じなければ不審者が通るのは、不思議なことでは有るまい?」
「不審者の自覚はあるのですな?」
「貴様!」
ドップネスの首にかかる力が強まる。
「良い。死にかけの老人には我等をどうにも出来まい。」
どさっと椅子に投げ出されるムゲラル。
「あれほどの魔物を操る能力は貴重だ。丁重に扱え。」
「はっ!」
「ククク。貴族の割には丁寧だな。悪の枢軸とは思えん。」
「善も悪も見方次第だろう。」
「スロトーマン論法過ぎるな。」
ムゲラルはため息をつく。
「さて、目的はコレですかな?」
ムゲラルの目線の先には今にも動き出そうとする巨大な存在が居た。以前はその力から魔王と推定されていたが、それとは異なる魔力を持つと判明している。
「本物の神を超えた神と接触できるのに、何故このような謎の存在を使おうとするので?」
「知的生命体とは、本来頂点で無ければならぬ。そうでなければ真なる意味での魂の自由はないだろう?」
ドップネスはムゲラルを見てそう言った。
「成程。身に染みる話ですな。」
「そういうことだ。」
「‥‥。エマ。手伝いなさい。」
「ムゲラル様‥‥!」
「従順過ぎるのも不気味だな。」
ドップネスはムゲラルを見る。
「老い先短い老人に無茶を言うのはやめてください。」
「まあよかろう。こ奴は解析が終わっているのだろう?」
「ええまあ。」
エマはあいまいに頷く。
『ということだ、分かったかね?』
地上の大半が瓦礫に変わったフェンガルで、ヴィル達と対峙する巨人、つまりドップネスは無表情にそう言う。
話は少し戻り、研究所から歩きながらでヴィル達は方針の相談をしていた。
「ドップネスが何かしら個人の目的で動いており、そのためにはフェンガルの力が必要というのが現状の仮説だな。」
ライネイは顎を撫でながらつぶやく。
「とりあえずゲーキに帰り、国王陛下に相談して呼び出すか。危険な気はするが。」
「表向きか裏向きも含めてかは不明ですが、現状恭順されているようであるのであれば用心をすればリスクは低めなのでは?」
「でも何て言って呼び出すの? あと呼び出してどうするの?」
レンツは首をひねる。
「そこですわね。現状特にしっぽをつかんでいるわけでもございませんし。」
「そもそも人類圏を追い込んで何をするつもりだ?」
「フェンガルを見切っている可能性もありますわ。」
「というと?」
「研究して技術力も高いが方向性のコントロールが困難なフェンガルから知識を奪い取ったなら、代謝の速い人類圏に任せる方が建設的なのかもしれません。あくまでも短期スパンの目標のためであればですが。放っておくと研究結果が100年後に出てきてもおかしくないですから、フェンガルの人たちは。」
「あのスカイドラゴンとかは?」
「進化圧のつもりなのかもしれませんわね。ガス抜きもあるでしょうし、他にも何かあるのかもしれませんが。」
と、その瞬間石畳が光り輝く。
「なんだ!? ぬぐっ‥‥!!」
ライネイは急激な脱力感を覚えて膝をつく。
「これは‥‥、クリスタル!? なぜこんなところに。」
爆発で散らばったとは思えない配置である。
「あれ、ヴィルさん。俺、大丈夫みたいなんだけど。」
「私もですわね。一定以上の力があると大丈夫なのでしょうか。」
ヴィルは石畳のクリスタルを摘まみ上げる。ただ魔力自体一切そのクリスタルには吸い込まれない。
『炎よ』
その次の瞬間。一声でフェンガルの街は半壊した。
「ゲホゴホ! 無茶苦茶な!」
レンツはヴィルとライネイを背にして咳き込んでいた。
『爆炎を切り裂くか。報告にあった亜魔人だな。やはり貴様らにはクリスタルは利かぬか。』
そこに現れたのは、全身が炎のような揺らぎに包まれた巨大な体を持つ謎の存在(2_31で既出)。そしてその謎の存在からややノイズ交じりの声がする。
「貴様その声、ドップネスか! この魔力、憑依しているな!」
『ほう、ライネイ。禁術なのに詳しいな。』
ドップネスがふっと消えたと思ったら、次の瞬間ライネイは蹴り飛ばされており、隣のビルにめり込んでいた。
「その体、ゲーキのものではないな?」
レンツは油断なく睨む。
『時空のはざまに挟まっていた異界の神、ではないかと言われている。意識が混濁していたようで乗っ取るのは容易い。』
ドップネスの右手から発せられた炎をレンツは切り裂く。
『報告より魔力が伸びているな。』
「何故人類圏を脅かすのですか?」
『魔族と人類は太古より争っている。知らなかったか?』
「少なくともここ最近は停戦状態のはずです。人類圏が植民地という形で。」
『その通りだ。そして反乱の兆し、力が有るのであれば潰さねばならぬ。』
「手段が悪手過ぎますわ。」
『ふむ、お前がそう思っているのであれば、正しい手段だったというわけだな。』
「‥‥私への牽制!?」
ヴィルは目を見開く。
『目的のために手段は択ばぬ。時間の無駄だ、これを見よ。』
ドップネスの前に現れた魔道具に遠くの景色が映る。
「これは‥‥ナーラック!?」
レンツは叫ぶ。
『我が配下が今ナーラックを囲って居る。返答に時間をかける主義ではない。ヴィルヘルミーナ、レンツ。貴様らは今すぐその隷属の呪いを受け入れよ。』
ドップネスは呪具を3つ放り投げてくる。
「貴様‥‥。」
『見よ。」
ナーラックの周りには次々と巨大な魔獣が現れている。
『リア、だったか? 自宅に居るのは判明している。』
「貴様‥‥!」
レンツはドップネスを睨む。
『ということだ、分かったかね? では今から10数える間にその呪具を身に着けるの‥‥』
次の瞬間、ドップネスは爆音をたてて地面にめり込んでいた。
そこには右腕を振りぬいたヴィルの姿が。
「ヴィルさん!?」
「人質を取る人間が交渉する誠実さを持ち合わせているとは思えません。今すぐ殺して戻りましょう。」
ヴィルの全身から、ギギギと圧縮された魔力の軋む音がする。
「取りあえず止めを。」
ゴガァ!!と地面が揺れる爆音とともに、ヴィルの右手が地面を穿つ。
だが、そこにはそれを片手で受け止めるドップネス。
『此処までとは。理論上この世に私にダメージを通す存在は居ないはずだったのだが。』
「ヴィルさんの攻撃を受け止めた‥‥!?」
『力押しが過ぎるな。』
フゥ、とヴィルに炎を吹きかける。
「!」
左手でそれをかき消すが、其の隙に回し蹴りをヴィルに叩きこむ。
『年季が違うぞ小娘。』
吹っ飛んできたヴィルを受け止めるレンツ。
「ヴィルさん、逃げる?」
「その選択肢は‥‥有りませんわね‥‥。」
フゥと息を吐くヴィル。
『肋骨の数本は折ったかと思ったが?』
「気のせいでございましょう。」
さらに魔力を練るヴィル。
「さっさと殺してナーラックに戻りましょう。」