2_56 悪役令嬢とドップネスの思惑
「エプラスではムゲラルが良い仕事をしているようだな。」
ドップネスは資料を読みながらワインを飲む。
「これで暫くは大きな動きは出来まい。強者が一か所に集まってくれれば面倒は少ないが‥‥、さて、明日はどうなることやら。」
フェンガルの注文にはほど遠いクリスタルの数、仕事はちゃんとしているようだが何かとうさんくさいムゲラル、ライネイ方面で発生したおぞましいほどの魔力。問題は山積みである。
「何故ナーラックのようなド田舎にゲーキ子爵の息がかかる‥‥?」
最近ライネイ側でかなり激しい動きがあるとの噂は聞いていたがガードが固く何もつかめてはいなかった。
「何故今更ライネイがクリスタルに感づく?」
クリスタルの存在自体破壊工作時に異常な魔力を感知して、たまたま見つけただけの話であったのだが。
「派手に動き過ぎたか‥‥?」
フェンガルも尻に火がついているようではある。国王も恐らくフェンガルに封じられているであろう。そうなると打てる手は少ない。
フェンガルの言い分を信じるわけではないが、日に日に力をつけていく人類自体は脅威であるのは事実であった。それによる対人類感情の悪化も最近の問題ではある。
ガス抜きとしては人類には申し訳ないが丁度良いタイミングではあった。
ただ、不確定要素が未だに野放しなのが一番の問題ではある。
「グランヴィディアのメトスレが死んだのは痛いな、アステアラカ方面の押さえが利かなくなっている。まあ、なればこその派手な動きではあるのだが。」
古い知識に精通しているメトスレが死んだということは、セントロメアの知識が失われたということだ。小国だから大したことはないが、痛手は痛手である。
「ドップネス様、お耳に入れたいことが。」
秘書が、方々にはなっている間者から連絡があったとのこと。
「なんだ?」
「例の不確定要素が力技でゲーキにたどり着いてライネイ侯爵に接触したとのこと。風龍は怯えて使い物になりません。」
「‥‥は?」
ドップネスは首をひねる。
「いや、バリアもあっただろう?」
「魔道連絡網が破壊された折に其方も故障していたようで。」
「そんな簡単に故障するものではない筈だが‥‥。というより違法入国ではないか。」
どう見ても悪役の立場なのにド正論を言うドップネス。
「実は法律上なのですが、あまりにもバリアが強固のため、許可なきものへバリアは解除されぬとの文言になっておりまして。」
「‥‥いや、そんなガバガバな法律あるか?」
「昔の戦時中に一々許可を取らぬように配慮した結果と聞いております。」
「怠慢の結果か。まあ、耳の痛い話だが。で、その不確定要素やらはどうだったのだ?」
「ライネイに忍び込ませている間者曰く、オリハルコンを魔力で薔薇に変質させ、その偉業を以て国王に謁見するとの事で。」
「何を言っているのか分らんのだが。飽和しているオリハルコンに何をどうやって魔力をたたき込むのだ?」
「そこまでは何とも‥‥。ですがクリスタルとは比にならぬ魔力含有量を持つ薔薇の形をしたなんだかよくわからないものが出来上がったそうでございます。」
「そんな危険物王城に持ち込んでテロでも起こすつもりなのか? 安全管理はどうなっとるんだ?」
一々正論を述べるドップネス。
「いえ、研究棟で分析されているそうです。」
「アホが喜んで分析しそうだな。王城の研究棟なんぞ貴族のお遊びだろう。手に余るブツを見て己の無能を知ればよい。」
「ドップネス様‥‥。」
秘書は悲しそうな顔をする。
「まあ、フェンガルにはその話もするか。点数を稼いでおかねばなるまい。歯がゆい話ではあるがな。どちらにしろクリスタルは此方にも利のある話だ。元々眉唾だとおもっていたが、この前の情報で信憑性が出たからな。」
ドップネスはエシオンとアイオイと名前の書いてある資料を指で弾く。
「不確定要素のほうは如何致しましょうか?」
「既に国王と接触しているのなら何をしたところで藪蛇だ。向こうが何を考えているのかわからない以上は後手に回らざるを得んだろう。というよりゲーキに正面切って突っ込んでくるイカれた奴の頭の中など想像もできん。下手をしたら国王に隷属の呪いをかけてるのではないか?」
「まさかそのような不敬極まる行為するわけが‥‥!」
実際既に行われているのを知らない二人は まさかな、と首をすくめる。
「そういえば以前ライネイの部下がベルクートアブルの者と接触したとか言っていたような‥‥。まさかな‥‥。」
「フェンガルですら真面に接触出来ていないベルクートアブルが人類領にいるわけが御座いませんからな。ウソにしてももう少し真実味のあるものにすればよいものを。」
「ライネイは嘘をつかぬ、部下にもそう言い聞かせているとは聞いている。本当にいるとしたらどう思う?」
「‥‥例の不確定要素がそれだと?」
「正気を失った頭で考えるとそれが正解には思えるがな。本気でそれを信じるならファンタジー小説の読みすぎだが。」
「まあ、そんな超絶生命体がすぐそこにいるなら我々やフェンガルの苦労はなんだったんだって話になりますからな。」
どんどんフラグを立てていく二人。
「ふむ、鼻がすこしむずむず致します。」
ライネイの屋敷にあるテラスでお茶を飲みながらそういうヴィル。
「まあ、今の季節ゲーキは暖かいとはいえ夜は少し冷えますかな?」
ライネイは使用人に暖かいお茶を用意するよう伝える。
「なんだっけ、くしゃみ1回とか2回だと悪意があって、3回だと惚れられて、4回以上だとリアルな風邪みたいな感じ。」
レンツはノンビリとそう言う。
「ふむ、ゲーキでも1回目は褒められて2回目は悪意、3回目と4回目は同じだな。」
ライネイは顎を撫でながら不思議そうにする。
「何処でも皆考えることは同じという事ですわね。ベルクートアブルでも同じ感じだったと思います。うろ覚えなので詳しくはあれでございますが。」
「ベルクートアブルの方も病にかかったりされるのですか?」
「一般的な感染症等はよほど弱ってない限りはかかりませんが、一応生命体では御座いますのでかかるときはかかりますわね。魔力に寄生するようなウイルスが多かったイメージがございますわね。無駄に魔力が有り余ってますのであっという間に増えるので大変でございました。それに感染すると魔力のコントロールが出来なくなって、3日後には爆発四散するという‥‥。」
「それはなんとも‥‥。」
ライネイは嫌そうな顔をする。
「ゲーキにはございませんの?」
「爆発した例は今のところ聞いたことはないとは思いますが‥‥、似たような病気があるかもしれませぬ。一応調べるように伝えておきましょう。」
「それが無難ですわね。」
「人類くらいの魔力だったら大丈夫なのかな? 貴族が爆発したとか聞いたことないよ。」
「そうかもしれませんわね。」