2_55 悪役令嬢とゲーキの王3
「ちなみに後者の、王族の知識継承の断絶に関してはどう思われます?」
ヴィルはウィリアムに尋ねる。
「負の知識等王族であればいくらでもあるだろう。当時は必要な継承だったかもしれないが、代を経るごとに不要のものとなったのではないか?」
「本心ではございませんわね? メトスレ様が命をかけて消すほどの知識でございます。理由があるのでしょう。」
「‥‥メトスレという者を知らないが、人類側で古い知識で吐き毛がするものは幾つかある。らしい。世界を統一した初代ゲーキの王は、本来は王子だったのは知っているか?」
ライネイやレム、ウロウはそれを聞いて首をひねる。
「人類の今は勇者や聖女などと言われている紛い物と刺し違えたのがゲーキの初代王の父上だ。」
「紛い物?」
レンツは首をひねる。
「例のエプラスが始原の聖女と呼ばれていますが、それと関係がございますの?」
「癒しの力を持つ者。聖女でも勇者でもそうだが。癒しの力は本来この世に存在しない力だ。ベルクートアブルではどうでしたか?」
「‥‥確かに癒しの力は見たことが御座いませんわね。聖女というものも存在しておりませんでした。」
「その通りです。聖女も勇者も元は一つ。訪い人と呼ばれる存在です。」
「訪い人‥‥。」
ヴィルは二の腕を抑える。
鳥肌が何故か立つ。
「訪い人とは‥‥?」
ライネイは首をひねる。
「この千年は存在しないから知らぬのも当然だ。これはゲーキの王族と人類の一部の王族、というよりは犯罪者の末裔だけが知っている事だからな。」
ウィリアムは吐き捨てる。
「訪い人とはどのような存在なのでしょうか?」
「別の世界より現れ、人類や魔族側、そのどちらか弱い側に送り込まれる異世界の民。強大な癒しの力を含め色々な特殊能力を持ち、異世界の知識をもたらす存在。」
「‥‥物語のような話ですな。」
「創造神が送り込んでくるとの噂だが本当かどうかは分からない。さて、この千年存在しない訪い人、千年前のどこかから急に現れた勇者や聖女、どういうことか分かるか?」
「‥‥まさか‥‥。」
「記録によると、最後の訪い人は史上最高の癒しの力と、自己治癒の能力を持っていたそうだ。反吐の出る話だと思わないか?」
全員が無言になる。
「エプラスだけが加害者ではない。他の王族にも勇者や聖女の力が出やすいのだろう? つまりはそういうことだ。人類全員が加害者だ。そしてゲーキの初代王の父上は訪い人と敵ではあったが、友情を、ひょっとしたら思慕の念があったのかもしれんがそういった関係だったそうだ。それゆえこれ以上の蛮行を防ぐために世界を平定して、王族全員に呪いをかけた。そして二度と忘れないようにした、と言われている。」
「【魔王】が人類を憎しむのはそれが原因なのですか?」
「いや、それは別のようだ。追加されていてもわからんがな。」
「それ以降訪い人が現れないのは何故なのでしょうか。」
「わからん。臓器の一部がどこかに保存されているためでは、とは歴史学者が言っていたな。同時期に訪い人が2人現れることはない。現在居ないということは、未だにどこかで苦しんでいるということだろう。だがどれだけ探しても見つからなかった。」
「そのため地上を一掃しようと思っているという可能性はありますか?」
レンツの質問に全員息をのむ。
「【魔王】の意識は代を経ても多少残ることがある、と言われている。初代の憎しみが増え続ける魔力で増幅されているのではあるいは。」
「反吐の出る話ですな。」
ライネイは無表情でそういい捨てる。
「ああ、なるほど。訪い人は魔族を倒すために召喚されたのであれば、魔族と相性が悪いということで、王族に入った魔族の血と相性が悪いから、聖女、というか訪い人の血か、魔族の魔力かのどっちかになるってこと?」
レンツはポンと手をたたく。
「その可能性は御座いますわね。となりますと私は何という話になってしまうのですが‥‥。」
魔力もあり、癒しの力もあり、魔族も癒すことが可能な力。実際癒そうと思えば聖女も魔族を癒すことはできるのかもしれないけれども。
「それはまあヴィルさんだからとしか‥‥。」
レンツは何とも言えない顔をする
ただヴィル自体はひょっとしたらこの肉体は訪い人のものではないかと思っていた。
時折出てくるベルクートアブルでも人類領でもゲーキでもない知識の元がそこであるのであれば幾つかの疑問は解ける。
ただ、ナーラックに倒れていた理由や、全く同じ姿かたちであることからはかなり否定的な気がするところではあるが。
「まあ、とはいえ千年も昔の話だ。正直我々の世代にとっては他人事が近いのも実情ではある。聞くだけで反吐が出る話だがな。短時間でそれだけ増えた理由を考えるだけで吐き気がする。」
「なりふり構わない時代って言ってたもんねぇ、その時代の話か。」
レンツはため息をつく。
「ああ、その時代の話か‥‥。胸糞わりぃ。カルシタン王が先代が亡くなって急にメンヘラみたいになったのはそれか。」
自暴自棄だったカルシタンは元は賢王と呼ばれていた。
だが先代が死んだ時より、愚昧な行動が増えてきていた。
理想に燃えていた男は、自らのルーツや過去の歴史を知って折れてしまったのだろう。
「なるほど。セントロメアやナーラックのようなのんびりした風土に合わない話でございますね。メトスレ様がエシオン様達を守ろうとしていたのでしょう。」
「と言いますと?」
レムは首をひねる。
「裏技でございましょう。本来は死ねば継承されるはずですが、フェンガルで上書きして、念のために籍も他国に移して、ということでございましょう。謎なのはメトスレ様がフェンガル自体に接触できた理由ではございますが‥‥、ゲーキ等の知識があればこそなのかもしれませんわね。色々隠し事の多いご老人でございました。」
エシオンとアイオイは大丈夫だろうかと思うヴィル。ウロウの部下であるシーリカもいることではあるのでそこまで大事にはならないだろうとは思うが。
「成程。」
「ただ今のところ分からないのはクリスタルだ。何故フェンガルも含めそこまで重要視する。所詮人類側の遺物のはずだが‥‥。」
「魔力を貯めるという発想がそもそも魔族側には無いからか。そういった点では人類側に一日の長があるのだろうが‥‥。」
「増幅ではなく保管である利点は何か御座いますか?」
「肉体は高負荷には耐えられません。増幅してもそれは同様です。ですが負荷を感じない機構があるのであれば、体系に存在しない魔法を使うことが可能かもしれません。存在しない魔法を使うつもりなのかもしれません。」
「今のところ情報が無くてまだ何も分かりませんわね。まあ、何方にしろやることは決まっております。フェンガルの斥候を捕まえて、本国までの道案内をさせて、無理やりこじ開けて話を聞くだけでございます。」
「だけっていうか、もう完全な力技にも程がある話だよねそれ。」
「真面なツッコミが入ると最近安心するようになりました。」
「でも方針は変わらないんでしょ?」
「他に思いつきませんもので。からめ手なら有るとは思いますが、メトスレ様が命を懸けて時間稼ぎをしていた事からは急いだほうがフェンガルに不利になると考えております。こういう場合に大事なのは、人の嫌がることを積極的にすると習いました。」
「聞き方でそんなに変わる単語もなかなか無いよね。」