2_45 悪役令嬢ランディング
「すやぁ‥‥。」
当初1時間ほどはしゃいでいらっしゃったレンツ様はぐっすり眠られております。
まあ正直上空海上というものはなんの代わり映えもない景色でございますので、10分もすれば飽きが来るのでしょう。こういうところを見るとまだレンツ様もお若いなと思います。
「こうしていると地上のいざこざがウソのようですなぁ。」
御者のミト様は空を見ながら紅茶を飲んでいらっしゃいます。
「本当に。ですが戦争とはそのようなものなのでしょう。」
「その通りですな。ヴィルヘルミーナ様の故郷では戦争は?」
「知る限り存在いたしませんわね。遥か過去にあったとは伝え聞きますが‥‥。」
「平和なのですね。」
「停滞との区別が難しいところではございますが。」
「各々の主観的な話ですな。」
「ですが、戦争の歴史は学んでおります。不思議なのが此方の国々との交流はないはずなのですが、実働といいますか、名称やぼんやりした歴史は聞いたことがあることでございますね。そんな国もありますよ程度の知識ではございましたが。」
「実際関わることが出来ないのであればどこから知りえたのでしょうね。一方通行ですが知覚はできるのでしょうか?」
「その可能性は御座いますわね。まあ、実際家庭教師に聞いてみないと分からないところではございますが。実家に帰ることが出来ましたら聞いてみましょう。」
「それがよろしいかと。世界はまだまだ知らないことで満ち溢れておりますな。」
「ええ、私も今とても生を感じております。」
夜明けの太陽が見えるころ、いわゆる到達不可能海域と呼ばれている海域に到達致しました。
遥か下に見えます海は巨大な渦が巻いており、海中や空には生き物の気配が致します。
「そろそろゲーキに到着しますが、パスポートが無いと魔獣の標的になるんですよ。」
「ふわあ、なんかじっとりとした殺気を感じて凄い寝覚めが悪いんだけれど‥‥。」
レンツ様はあくびをしながらため息をつくという器用なことをされております。
「ただ基本的には海上の敵を倒す用ですので、空中の私らには困惑しているようですな。何度も通っておりますしな。」
風龍も周りを睥睨しております。
じわじわ雲の合間から現れているのは、1~2回りほど小さいですが、風龍の群れでございますね。
「牧場も兼ねていらっしゃるのでしょうか?」
「そうですな。ついでに空からの不埒者も処分出来て一石二鳥というところでしょうか。」
「どうする? ヴィルさん。一応向こうも仕事みたいだしあんまり戦うのもちょっと。」
レンツ様は風龍に愛着がわいていらっしゃるようでございます。
確かに意思疎通もぼんやりですが可能ですので、その様な動物といいますか魔獣を倒すのは道義的にどうなのでしょうという疑問は浮かびますわね。
「ではいつも通り道を開けてもらいましょうか。」
「あ、もしかしてアステアラカでやったアレ?」
「一番平和だと思うのですが。」
「まあそうかな。あ、ミトさん。風龍に注意するように言ってあげて、えげつないスタンが出るから。」
「承知いたしました。」
ミト様は風龍に何かしら伝えておられます。
「準備完了でございます。」
「では。」
すう、と息をすって、声に魔力を乗せます。
『控えよ!』
声増加の魔法を使って、はしたないですが前方すべてに魔力を乗せた声をたたきつけます。
『ギャー!』『グエー!』
目の前に居た魔物達はあっという間に消えていきました。
「ふむ、手加減が上手くなりましたでしょう?」
「凄い凄い、誰も気絶してない。」
レンツ様は素直に称賛してくださいます。
「ちなみにどれくらいの距離まで届く感じなの?」
「流石に地平線までは行かないとは思いますが、相当範囲には及ぶかと。」
「‥‥、ゲーキって港あるんだっけ?」
「さようですな、あの霧の向こう側でございます。」
10㎞程離れたところを指さされます。
「ほぼ間違いなく巻き込んでおりますわね。」
「ダヨネー。」
「まあ、上陸の時に騒ぎにならないと前向きに考えましょう。」
「いや逆に大騒ぎになってると思うよ。」
空港管理官のドマリクは揺さぶられて目を覚ました。
ヒマな仕事で寝てしまっていたようだ。
「ふわぁ、ああ、すまんすまん。寝てたみたいだ。」
目をこすってあくびをして目を開く。
「いえいえ、お疲れのところ申し訳ありません。」
この丁寧な口調は御者のミトだ。アステアラカ方面を任される元魔剣の男。
昔は血吸いという名前がついていたらしい凶悪な魔獣だったらしいが、今はその片鱗もない人当たりの良い魔獣である。
「もうこっちに帰ってきたとは。アステアラカのゴタゴタは良かったのか?」
「実はその延長上の話でして。ウロウ様に取り次いでいただきたいのです。」
「領主様に? 一体何事だ?」
「此方、ヴィルヘルミーナ・ローゼンアイアンメイデン公爵令嬢と、その護衛のレンツ様でございます。」
「ローゼ‥‥? 公爵令嬢とは、座ったままで失礼いたしました。」
ガタっと席から立ち上がって一礼する。
「空港管理官のドマリク・マジナリーでございます。此方の出入国の管理をまかさ‥‥れ‥‥。」
目の前にド美人が居た。
尋常じゃない美人だ。
語彙が死んだが、超美人だ。
ただ、普段なら小躍りするはずだが、何故だか分からないが震えが止まらない。
レンツはヴィルに小声で話しかける。
「なんかすごいガタガタ震えてない?」
「先ほどのスタンが効いているのでしょう。純粋な魔力は魂に直撃致しますもので。無意下で覚えているのかも致しませんわね。とはいえ、話すとややこしいので無視いたしましょう。」
「鬼だね。」
ヴィルは気を取り直してドマリクに向けて微笑みかける。
「お忙しいところお手を煩わせるのは非常に心苦しいのですが、とても急ぎなのです。ウロウ様にお取次ぎお願いできないでしょうか?」
「はっ! 今すぐに!! 馬車を用意いたします! 此方でございます!」
ドマリクは残像でも残るかの勢いで消えていった。
「本当に魔力だけだった?」
「其のはずですが。でも確かに皆さま大体こんな感じになられますね。魔族の方はアルファシンドロームがあるのでしょうか?」
「なにそれ?」
「飼い犬の躾けの用語でして、上下関係が厳密みたいな意味でございます。実際は迷信かもという話があるようでございますが。」
「ペットかぁ。」
レンツはレムを思い出して遠い目をする。