辺境で 6 (ルイス視点)
「急に来て悪いな、ルイス」
ミカエルに案内されてやってきたマークが俺の顔を見るなり、にまっと笑った。
いつもながらのマークの表情に、少なくともアリスに危険が迫っているわけではないことを察して、ほっとした。
マークは石以外はおおざっぱすぎる性格だが、勘は野生動物並みだ。
心底可愛がっているアリスにとって良くない状況なら、もっと余裕のない顔をしているだろう。
「アリスについての話なら、いつなんどきだって構わない。ここで聞くから入ってくれ」
そう言いながら、マークと連れ立って兄上の執務室に入ろうとしたら、マークがぴたりと足をとめた。
「ちょっと待て、ルイス! ここって、もしかして王太子様の執務室じゃ……」
ぎょっとしたように目を見開いたマーク。
「ああ、そうだ」
俺は淡々と返事をした。
すると、マークが焦ったような声をあげた。
「いやいやいや、ルイス! ああ、そうだ……じゃないだろう!? なんで、王太子様の執務室で話すんだ!? それはまずいだろ!? 《《あの》》王太子様の執務室で話すなんて! それは無理……じゃなくて、遠慮する!」
そう言って、マークが後ずさりしたときだった。
「なに、そこで、ごちゃごちゃ言ってんの? マーク、ひさしぶりだね。僕たち、将来は家族になるんだし。遠慮なんてしなくていいからね。さあ、早く入って」
と、満面の笑みでドアのところまで現れた兄上。
「え……王太子様……。いらっしゃったとは……」
マークが、ごくごく小さな声でつぶやいた。
心の声が漏れだした感じだが、マーク……。それ、兄上には多分聞こえるぞ……。
兄上は母上のことを地獄耳だというが、正直、俺からしたら兄上も相当な地獄耳だと思っている。
「そりゃあ、僕がお仕事する部屋だからねー。いちゃ、まずい?」
更に笑みを深めて、兄上がマークに答えた。
やっぱりな……。
そう言えば、俺は無表情だから、子どもの頃、「人形王子」と、陰で呼ばれていたことがあった。
俺には全く聞こえてこなかったけれど、兄上は離れたところからも聞きとっていたらしい。
後に、父上から聞いて知ったが、兄上はそんな人物のところにとんで行き、相手が二度と言わないからやめてくださいと謝るまで、俺のいいところを延々と聞かせ続けたらしい。
どんな拷問だ……。
と、昔のことを思い出していると、マークが、がばっと頭を下げた。
「失礼しました、王太子様! 俺のような部外者が、王太子様の執務室に入るのは恐れ多くて……つい……。それに、妹に関する話なので、王太子様の前でお聞かせするような話ではなくてですね……」
図太いマークなのに、珍しいくらいに動揺している。
そう、マークの唯一の弱点は兄上だ……。
というのも、俺は小さい頃から、俺の顔に群がってくる人間たちに嫌な思いをしてきた。
兄上はそんな俺の気持ちをずっと心配してくれていた。
だからだろう。マークと友達になったとき、マークが俺を傷つけないか確かめるべく、ふたりきりで話をしたそうだ。
話の内容自体は、普段、俺と何を話しているかなど他愛もないことをマークに聞いただけのようだが、兄上はその間、ずっと笑顔で、その笑顔がやたらと怖かったと、マークは語っていた。
なんでも、目が鋭すぎて、自分が小さな獲物になったような気分だったらしい。
まあ、容易に想像はつく……。
野性の勘を持つマークにとったら、人並み以上に本能が危険を感じたのかもしれない。
それ以来、「王太子様だけは敵にまわしたくない」と、ことあるごとに言うマーク。
そんなマークの様子を楽しそうに見ながら、兄上はマークに話しかけた。
「ルイスの婚約者のアリス嬢の話なら大事なことだよ。僕は邪魔にならないよう黙ってるから、壁だと思って、気をつかわずに、ルイスと話してね」
兄上が壁って……。
そうは思えないだろ……。
と思ったら、しびれをきらしたウルスが顔をだした。
「どんな圧の強い壁だ……。マーク、気持ちはわかる。が、とりあえず、中に入れ。見られてまずい書類等は片付けておいたから、大丈夫だ。フィリップは言い出したら聞かないことは、マークもよくわかってるだろ?」
「ウルスさん……」
ウルスの言葉に、ほっとしたような顔でうなずいたマーク。
小さい頃から俺とずっと一緒だったマークは、ウルスと会う機会も多かった。
俺同様、兄のように思っているらしい。
「ええー、なにそれ? マークの僕に対する態度とウルスに対する態度が違いすぎる。なんか、傷つくんだけど」
不満そうな声をあげる兄上。
「しょうがないだろ。人望の違いだ。ということで、マークはさっさと入って、用件をさっさとルイスに話して、さっさと終わらせる。そして、フィリップはさっさと仕事に戻る」
ウルスが急かすように、マークに声をかけた。




