辺境で 2
引き続き、今回も王妃視点です。
私は、ニーナが用意してくれた便箋を前にして、手が止まった。
仕事以外で手紙を書いた記憶がほとんどない。
何か伝えたい時は面と向かって言う主義だ。
王宮にいることが減った今、王だけに知らせておくべき連絡事項を書面に書いて送ることはある。
が、余分なことは一切書かず、用件だけを端的に書く。
「ミラベル、たまにしか会えないんだから、せめて、仕事以外のことも書いて欲しい」
と、王には散々文句を言われている。
が、今回は仕事ではない。
さて、どう書くか……。
「ニーナ、小動物アリスを怖がらせずに城へ確実におびき寄せるためには、どう書くのがいいだろうか?」
アーノルドがあきれたように言った。
「おびきよせるって、その言い方……。おかしいでしょう? それに、アリス様は小動物ではなく、人間です」
すぐさま、ニーナが鼻息荒く、アーノルドに反論した。
「アーノルドは何もわかっていませんね! アリス様のお可愛らしさが小動物に見える、ミラベル様の感受性の素晴らしさが! 私はアリス様にはお会いしたことはありませんが、ミラベル様のお言葉から、私の脳内では、もはや小動物と一体化したアリス様が想像できます!」
「一体化! まさに、それだ、ニーナ! アリスを思い出すと、ふさふさしたリスのしっぽとかが見える気がするんだ。会ったこともないのに、私の言葉だけでそこまで想像するとは、さすがだな、ニーナは!」
「お褒めに預かり光栄です。ミラベル様!」
「はあ? 小動物と一体化……? ふたりとも、即刻、医師に診てもらったほうがいいですね」
アーノルドが冷たい視線を投げてくるが無視だ。
ニーナとともに作戦を練る。
「ミラベル様はアリス様のお義母様になられるのですから、親交を深めるために遊びに来てくださるよう書かれたらいかかがでしょうか?」
「あの小動物アリスが娘か……。いいな、癒されるな……。が、ちょっと待て。遊びに来て欲しいといえば、漠然としすぎていて、いずれ行くとか言って先延ばしにされる可能性はないか? それにアリスの父は、あの冷血切れ者宰相だ。娘のことは溺愛していて、ルイスとの婚約も王命で無理やりだったと聞いている。『いつか、いつか』と引き延ばされ、アリスが冬眠してしまっては、うやむやにされかねん」
「いや、だから、人間は冬眠しませんって!」
と、いらついた声をだすアーノルド。
が、その声をかき消すように、ニーナが大きな拍手をしながら言った。
「さすがはミラベル様です! そこまで裏を読まれるとは!」
「つまり、遊びに来てくれというようなぼんやりした誘い文句ではダメだ。期日を決めた催しをするべきだな」
「それは素晴らしいアイデアですね! パーティーとかをされますか?」
「いや、そうなると、アリスだけでのパーティー参加はまだ早いとか言い、あの宰相が大手を振ってついてくるだろう。それどころか、アリスは来ず、宰相だけが来るという最悪のパターンもある」
「なるほど……。さすがは、相手の策略も見通す騎士中の騎士、ミラベル様。宰相様のお考えもお見通しですね! では、お茶会はいかがですか? ミラベル様とアリス様、おふたりの気楽なお茶会という感じでは?」
「おお、それがいいな! 将来の娘と親しくなりたいから、ふたりだけでお茶会をしたいと言えば断りにくいだろう」
「いやいや、どんだけ遠いところまで来させるお茶会ですか? 泊りがけのお茶会とか変でしょう?」
と、ぶつぶつ言うアーノルド。
「何も変ではない。泊りがけの茶会ではなく、正確には、茶会も含まれた我が城への滞在だからな。が、アーノルドの言うとおり、確かに、王都からは遠い。あの宰相のことだ。道中の不安要素をあげて断ってくるかもしれない。しっかり確実にアリスだけを捕獲してくるために、公爵家まで迎えをやらねば。そうだな……。我が騎士団の中から選ぶとなると、腕から言えば、副騎士団長が一番だが、見た目が問題か……」
「あのですね、ミラベル様……。いちいち、指摘するのも面倒なほど、おかしなことばかり言っておられますが、とりあえず、ひとつ聞くとすると、副騎士団長の見た目の何が問題なのですか?」
アーノルドが不審そうに聞いてきた。
「いかついからだ。動物でたとえると熊に近い。そんなのが迎えに行ったら、小動物アリスが怖がって巣穴から出てこない。それはまずい」
「ミラベル様の思考のほうがまずいですね。それに副騎士団長は熊ではありませんし、公爵家は巣穴ではありません。いったん、動物から離れたらどうですか?」
アーノルドが眉間にしわを寄せた。
「あ、ミラベル様! それなら、マチルダさんはどうですか?」
と、ニーナが言った。
なるほど、マチルダか!
確かに、それならアリスも怖がらないだろう。
よし、そうするか!




