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神と一緒に落ちたなら  作者: 猿ヶ瀬 黄桃
第一章 もう一つの世界
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第六話 一日

 この世界にやってきてからもう、二ヶ月は経っただろうか。だろうかというのは、この城にはカレンダーと表現できるものが見当たらないのだ。それはともかく。さて、私、ジェット・アルバーン・シュヴァルツェンバッハの心温まる一日を皆々様にお届けさせてくれ。


朝6時、起床。

 時計の読み方は幼児の特権これなぁに?を活用しまくったおかげでマスターできた。奇跡的に24時間区切りだったのは幸いだ。おっと、話が逸れたな、失敬。毎朝女は俺より先に目覚めて、ベッドの上で片膝を立てじっとしている。その際彼女は目をつぶっているのに、俺が起きると一瞬で反応してくる。

「おはよう」

ほらな。

「おあおー」

 上手く発音できているか分からないが、一応返事を返す。そして女は俺に微笑みかけ、一日がスタートするのだ。いつまでも女じゃあれだな、ここは一応、母さんにしとこうか。

6時30分、朝食。

 母の手料理、離乳食をもちゃもちゃと咀嚼する。多分、ミルクと小麦的物体を混ぜているのだろう。味気ないがまぁ飯が出るだけありがたいので、しっかりと頂く。ちなみに母さんは細長く硬いパンらしき物体をもぐもぐと食べている。一度ねだって食べさせてもらったが、危うくせっかくの乳歯がお釈迦になるところだった。

 母さんは朝飯を食べるのが異様に早い。速攻食べ終わったかと思うと、赤黒い色をしたコーヒーっぽい液体を啜りながら、俺が飯を食うのを眺めている。

午前7時、散歩。

 最近は城の周りを歩き回っては知らない昆虫や鳥を眺めているのだが、母さんは毎朝ずっと付き合ってくれている。ありがたいことだ。この世界の生き物は、今まで見た感じだと元の世界のそれとそこまで差は無い。基本的に一回り大きいし、ときたま信じられないような極彩色のバッタと出会うが、まあ足は六本で頭、胸、腹に分かれている。多分虫だろ、うん。

 俺の精神年齢は身体に引っ張られてかなり幼くなってしまっている様で、一度集中すると歯止めが利かなくなってしまう。前世でもそんな子供だったが、今世でもそれは変わらないようだ。

「ジェット、日がそろそろ登り切る。戻ろう」

 そう、5時間ぶっ続けである。悪癖だと思うだろう?俺もそう思う。

「あい」

 最初の一、二週間は昔のこともあって、おっかなびっくり彼女に接していた。自発的に動こうとしなかった俺に、母さんはあれこれ世話を焼いてくれた。それについてはまぁ、今はいいだろう。

12時、昼食。

 相も変わらず離乳食。しかし、少しだけ肉の細切れが入っていて、野菜スープもついていることから、栄養のことも考えてくれているのが分かる。味はめちゃくちゃ美味いわけでもないが、不味いわけでもない。地元の定食屋を思い出させるような、そんな味だ。

 母さんはカッチカチのパンと、いつ採って来たか分からないが、肉を焼いたのを食べている。ワイルド母さんだ。

「おいしー」

「ありがとう」

 感謝を伝えるのは忘れないようにしている。きっと俺の振る舞いはあまり子供らしくないだろうから。弾ける様な笑顔はもうできないのだ。

13時、昼寝。

 子供の身体は素直なもので、動いては寝て動いては寝て、それの繰り返しだ。そんな暮らしに文句ひとつ言わず付き合ってくれている母さんは、大人だ。大人の余裕を感じる。

15時、再度起床。

 この城内に子供のおもちゃなどあるはずがないし、あったとしてもそれで遊べるほど俺の演技は上手くない。もっぱら城内を散策しては目についたものを観察したり触ってみたり、そんなことを繰り返している。まるで具現化系能力者だが、おかげで一つ分かったことがある。例えば、部屋の壁にある魔法の灯り。あれには何やら複雑な文字と図形が刻まれているのだ。魔法で動くものは今のところ例外なくその文様が刻まれている様で、道具によって文様が違うこともあれば、部分的に同じな所もある。午後のマイブームはその文様のパターンを覚えたり考察することで、これが意外と楽しい。

 全くやることがない状況を作り、退屈が極まっているタイミングで電話帳を渡されると、人は狂ったようにそれを読む。そういう実験があるそうだ。まぁ、要するに俺は暇なのだ。

 母さんは、それにも黙ってついて来てくれる。

18時、夕食。

 基本的には昼食と変わりないが、たまに果物をすりおろしたものが出てくる。今日はその日だ。味は、なんというか、南国の果物特有の甘ったるい香りがする。悪くない。

 母さんは蒸かし芋、肉、スープだ。生野菜は見当たらないが、まぁ、人の食生活には口出しするもんじゃない。

19時、入浴。

 なんと。トイレかと思っていた扉の先はユニットバスだった。驚きである。浴槽はないが、桶の底にシャワーノズルの様な穴が開いていて、魔法を使うと自動的に水が溜まり、その穴から水が出てくるのだ。もちろん俺はその装置に手が届かないうえに魔法が使えないので、全て母さんにやってもらっている。読者諸君には残念なお知らせになってしまうかも知れないが、母さんは服を着たまま俺の体を洗う。母さんは、どうやら俺が寝てからシャワーを浴びている様だ。

 ああ、そうそう、シャンプーやらボディーソープやらは無かった。

20時、就寝。

 特筆する点はない。ただ寝るだけさ。それでは諸君、良い夜を。


 そしてまた朝が来る。代り映えの無い様に思える毎日、しかしそこには小さな発見や学びが満ち溢れているのだ。なんちゃって。


 15時半。午後のマイブーム勤しむ俺は、階段の前をよちよちと通りかかった。前々から気になっていたが、あの階段の中腹にある石板っぽいのは一体何なのだろう?

「なに?あえ」

「うーん、人の名前が書いてあるんだが、途中から急に読めなくなっているな。暗号化されている」

 その時、およそ二ヶ月間ただの一度も動かなかった扉が、開いた。

「ペン先についたインクほどの知識は持ち合わせておるようだな、少女よ」

今日は、変わった一日になりそうだ。



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