第五十話 お披露目
何年間も踏まれ続けた街道の、白っぽい土の感触をブーツで味わって大きく息を吸い込む。乾いた夏の匂いがした。他にはオイルと、乾いた血だ。
「君がテオドアの言ってた変わった客かい?」
「まぁ多分そうですけど、あなたは?」
モノクル、そして黒いサファリハットのような帽子を身に着けた男性は人の良さそうな笑みを浮かべた。
「ドン・ハートマンだ。テオドアの元同僚で今は商人をやっている」
「ジェット・アルバーンです。よろしくお願いします」
ドンの握手に応じると、細身な彼からは想像がつかない力強さを感じ取った。そして、どうやら血の匂いは彼から漂っているみたいだ。
「ドンさん、荷台に魔物の死体でも乗っけてるんですか?」
「お、匂ったかな?」
「ああいえ、ただ薄っすらと」
「多分、コイツのせいだな。こびりついてしまってね」
彼は背負っていた武器を俺に差し出した。細長い持ち手は金属製で1.2mくらい、先端部分は三角形の皮のカバーで覆われている。斧だ、地味だが洗練された一振りに違いない。
「良い武器ですね」
「ははっ、中々の目を持っているね」
「おめぇら、その辺にしとけ」
テオドアの睨む先を見ると、ロックトロルがよだれを垂らして俺達を品定めしていた。
「トロルの土魔法は俺が打ち消す。ドンは突っ込んで奴を引っ掻き回せ、ジェットはいつも通り派手に行けや」
テオドアは魔法の杖を肩に担ぎながら、手慣れた様子で指示を出した。
「テオドアさんて魔法得意だったんだ」
「あたりまえだ、魔道車の修理だって俺がやってんだよ」
「へぇー、でも見た目はそれっぽくないなぁ、ドンさんの方がしっくりくる」
「うるせぇクソガキ!」
ロックトロルから放たれる魔力が急に強くなった。コイツは地面を隆起させる魔法が使えるから、この踏みしめられた硬い土で攻撃されたら危険だ。
「ね、ねぇ、なんかマズイよ…」
ダミアンが恐る恐る車の扉から顔を覗かせている。俺は大丈夫だよと声を掛けたが、彼は弱々しく頷くだけだった。その表情が、ルル姉プレゼンツ地獄鬼ごっこを想起させた。彼の精神衛生のために、さっさと魔獣を処理しよう。
「いくぞぉ野郎ども――」
テオドアは腹の底から絞り出した声で呟くと、杖を地面に突き立て魔力を全開にした。俺は武器を構え、トロルが魔法を使ったタイミングを逃がさないように神経を張り巡らせる。
そのまま十秒ほど経ってからほんの少し、地面が揺れた気がした。
「仕事の時間だ!!!」
怒鳴り声が聞こえた瞬間、俺の体は自動的にトロルに向かって走り出していた。足の裏から歪な音が響いてくる。テオドアが土魔法を相殺しているんだ。
「後ろに回れ」
ドンが追い抜き様にそう言った。俺は急ブレーキをかけて進行方向を変え、ポケットから小さな爆破魔法陣のスクロールを取り出した。
トロルの吠え声が響き渡る中、俺は最近完成した自作の武器を、努めて冷静に操作する。
ガントレットの端、力こぶの所に入った切れ目にスクロールを差し込み魔力を流し込む。ロックトロル相手にこの武器を使ったことは無いから、取りあえずちょっと多めにしとこう。
爆破魔法陣はこれで発動した。ただし、不完全な状態で。ガントレットの内部に仕込んだ特殊な機構が、発動した魔法のエネルギーを剣の根元に送ってくれる。
「準備できました!退いてください!!」
「了解した!!」
ドンが俺の反対方向に向かって走り出すと、トロルは重い体で地面を踏み鳴らしその後を追いかけた。良し、彼は上手にヘイトを買ってくれたらしい。ヤツの後頭部がまるで無防備だ。
俺は助走をつけてヤツの頭に飛びつこうと思ったが、少し目算を誤り肩に着地してしまった。
「ゴアア?」
「あ、どうも」
つぶらな瞳とご対面だ。少々心苦しいけれど、俺は再度跳び上がり、ヤツの眉間に向かって右腕を叩きつけた。
『点火』
アイドリング状態だった爆破魔法が炸裂。削岩機さながらにロックトロルの表皮を砕いた刀身は、後頭部まで直進しヤツの脳を蹂躙した。
討伐完了だ。倒れるトロルに潰されない様、離れたところまでジャンプしたら着地の時に肩から鈍痛がした。
「いってぇ…加減ミスったなこれ」
排気のため、ガントレットにはサメのエラのような穴を作っているが、そこから立ち上る爆煙の量がいつもより多いし、熱で火傷しそうだ。慌てて水魔法を使って冷却した。
頑張って作った一点ものだが、まだまだ粗が目立つ。学長には合格点を貰ったんだけど、ルル姉のパイルバンカーのような職人技には程遠い。
「ラッツバーグに着いたら武器職人に弟子入りしようかな…」
刀身、どこまで飛んでったかな。え?大事な武器をこんなに乱雑に扱っても良いのかって?問題ない、なぜなら魔力を流し込むことで変形させられる特殊な金属を使用しているからさ。曲がろうがへこもうが、ちょちょいのちょいという訳だ。この素材を買うのに俺がいくらつぎ込んだと――。
「ジェット!すげぇよその武器!!」
いつの間にか近づいていたダミアンがキラキラした瞳で俺に声をかけた。
「おおダミアン、大丈夫だったろ?」
「あのさ!その武器の名前は何ていうんだよ!」
名前か、そういえば決めてなかったな。
「うーん……ジェットスペシャル一号?」
「なんかだせぇな」
「そうだな、後でちゃんと命名しようか」
テオドアが遠くから俺を呼んだ。ロックトロルから素材をはぎ取るんだろう。ついでに討伐証明部位をラッツバーグのギルドに持って行って、運良く依頼が出てれば小銭稼ぎって魂胆だ。
「テオドアさーん!分け前はー!?」
「バーカ!生意気言ってんじゃねぇ!タダで乗っけてやってんだぞ俺は!!」
「ちっ、やっぱそうきたかよ…」
勝利の一服のため、煙草に火をつけた。
「なあジェット、爆殺魔剣ってどうだ?」
「……まぁ、候補には入れとこうか」




