第四十六話 やっぱり君は(6)
「明日はどういう作戦で行きますか?」
ルルは顎に手をやり星を眺めて言った。
「ん~、そうだなぁ。ちょっと面白おかしく行ってみようか」
「というと?」
「明日のお楽しみ。沢山食ってぐっすり寝な!」
「……分かりました」
なんか嫌な予感がするぞ。冒険者が面白いと思う事ってなんだろうか。アレックスさんは今となっては常識人らしいし、シャルも何だかんだで大人だ。
悩んでいても答えが出そうにない。俺はまだ子供だし、危険な目に遭わせることは無いだろう。俺は彼女の言う通りにして明日を迎えることにした。
「どうだぁジェット!楽しいだろう!」
びゅんびゅんと風切り音がする。しかしそれ以上に、獣たちの吠え声が森の中を騒がせている。
「止めてって、降ろして、降ろしてよ!」
ルルにおぶられた俺の視界は360°全方向に動き回る。
ルルが提案したのは、魔獣たちとの命がけ鬼おごっこ。俺はそのエクストリームスポーツに強制参加させられた。
「クソ!一匹増えた!」
「ハハハ!増やしたんだよ!」
「この!ルル姉の馬鹿、もう知らない!」
「えっ」
ルルが静かになった。しかし、獣に言葉は通じない。俺がどれだけ口汚く罵っても追跡を止めることは無いのだ。鬼役を務めてくれた森の大きなお友達の数は四人だ。
鼻先の長く手足がすらっとした、熊に似た魔獣が二匹。黒い狼が二匹だ。あ、一匹増えた。迷彩柄の虎だ。
「おいルル姉!また魔獣に喧嘩売ったろ!」
「だって、だって……」
「良い年こいた女がなにいじけてんだ!」
「ああ、もう敬語もなくなった」
「誰の責任だ、全く!うわ!」
俺への当てつけのようにルルは大きく跳び上がり、一回転して岩を飛び越えた。後でシャルに言いつけてやる。
「舌噛むから口閉じてろよ!」
「おい、おいおい、ちょっと待てよ」
ルルの後頭部越しに覗き込んだ前方は、途中で地面が途切れていた。この世界で初めて目が覚めた時と今の景色が重なった。
「さーん」
このまま落ちる気か?それとも向こうの壁まで跳ぶのか?
「にーい」
対岸までは少なくとも50mはある。じゃあ落ちる方に違いない。
「いーち!」
下方向から轟轟と水の音が聞こえて来た。落ちたら絶対に死ぬ。残された道は一つ、空だ。
「イヤッホウ!」
高く、遠く宙を舞った。少しだけ近づけた空の色は海みたいだった。このまま浮遊感を味わっていたい。ずっと、ずっとこうしていたい。
しかし空中遊泳は十秒足らずで終わった。優しく対岸に降り立ったルルは爽やかな笑顔を浮かべている。
「どう?気持ちよかっただろ」
「うん」
「じゃあまたやろうか」
「跳ぶだけなら。鬼ごっこは無しで」
「あれはあれで楽しいのになぁ」
俺たちの眼前には冠に似た形の花が咲き乱れていた。ムカデの気配はない。どうやら目当ての品は無事入手できそうだ。
「おいジェット、あれ!」
ルルが指をさした方角には大きな鳥の影が見えた。魔力を目に集めてよく観察すると、羽ばたき方に違和感を覚えた。尻尾も長いし、手足が生えている。
「まさかドラゴンですか?」
「ああ、お前は幸運だよ。森のもっと奥にしか居ない筈なんだ。偶々餌を探しに飛んできたんだろう」
「へぇ……」
美しい。一匹の魔獣が、まるで巨大な山脈、あるいは広大な砂漠のような迫力を持っている。緑色の鱗が滑らかに動くたびに俺の心は引きずり込まれていった。いつまででも眺めていられる。
「ジェット、採集するぞ」
「ちょっと、待って。もっと見ていたい」
「フフッ、分かったよ」
「あ、行っちゃった。……ルル姉、待たせたね」
「もう採り終わったよ」
「……え?」
「一時間ぐらいはずっと見てたよ、お前」
「あ、ごめん!気付かなかった」
「良いんだよ。やっぱりお前は冒険者に向いているな」
「いやぁ、俺じゃ出来ないよ、怖いもん。危ないし」
ルルはニヤリと笑ってドラゴンが居た空を見上げた。
「そうだなぁ。アタシも怖いと思うし、時折なんでこんなに死にかけてるんだって自分でも思う」
「ルル姉でそれなら、俺はなおさらだよ」
「それでも冒険しちゃうんだよな。アタシ達は呪いにかかってるから」
「呪いって、何?」
「ホントは分かってるんじゃないのか?」
「知らないよ」
「さっきのお前は、呪いにかかった目をしてた」
呪い。未知への探求心、あるいは好奇心。俺の心がそれに囚われたとでも言うのだろうか。しかし、反論しようとしても言葉が見つからなかった。
「あーあ、シャルに怒られそうだな。アイツはそういうのあんまり分かんなそうだし!」
ルルはしゃがんで背中を差し出した。また俺を背負って下山するのだろう。俺は黙って乗った。
その後、魔道車で街に帰る時も、ルル姉と別れる時も俺はどこか上の空だった。事務所に帰ってきてシャルに挨拶した時もだ。彼女はその時、「チャールズからあの子の好みが十歳から十五歳だと聞いた」とか言っていたが、どう返事したかはあまり覚えていない。
一人稽古をして魔法陣を書いて、たまに知り合いと話す日常は俺にとって幸せなものだったはずだ。
しかし無心で魔法陣を既定の枚数書き上げて、それらを握りしめても満たされなくなってしまった。何かが足りない。その何かについて俺は本心では分かっている気がする。そしてそれから逃げたいのだ。
でも逃げられない。その確信だけはあった。




