第四十五話 やっぱり君は(5)
俺達は日が傾いてきた森の中をさらに二時間ほど歩いた。あたりが暗くなると一気に景色が違って見える。小動物が走り回る音にすら気を取られながら、俺は恐る恐るルルの後ろをついて行った。
前線基地の前には門番が二人いた。ルルが気さくに挨拶すると、彼らはきびきびした動作で手続きを済ませて中に通してくれた。道の両脇に小屋が十軒建ててあって、正面には大きい石造りの建物が見えた。俺達は適当な小屋を今夜の寝床に決めた。
質素なベッドに腰かけた途端、今日一日の疲れがどっと湧いた。そしてぐぅ、と腹の虫が鳴いた。
「適当に食い物採ってくるから、お前はゆっくりしてていいよ」
俺も行こうと思ったが、足手まといになるだけか。
「それじゃ、お願いします」
「うん、すぐに戻るから」
今日は、色々なことがあったな。軽い気持ちで冒険に出て行ったら、奇妙な姿の精霊に出会って大ムカデに襲われて、冒険者は楽な仕事じゃないという事が身に染みてわかった。
「ケモノ……ねぇ」
聖魔教会は人が作ったと、彼らはそう言った。ならばケモノ様はこの世界に最初からいる存在と言える。それは生き物なのか?それとも物なのか、概念なのか。それに、俺の事を扉の子、とも言っていた。
単純に考えれば、俺は神様の世界を繋ぐ扉の役目をしていると推測できる。大役だな、とても務まりそうにないや。しかしあの黒い魔力は俺の力とは思えない。あれが神様の力なのだとしたら、あまり綺麗な物じゃないな、邪神って奴だきっと。
「俺の右手には邪神の力が……はっ、あほらし」
どうやらこの世界にも一筋縄じゃ行かない事情がありそうだ。嫌だな、もっと気楽に生きたいものだ。
爺が昔言っていた言葉、母さん、生みの両親、教会、協会。考えれば考えるほど俺を取り巻く世界は複雑で、この呪縛から逃れられない気がして来た。
「くそ、考えたくねぇ」
生きるという事は、かくもままらないものか。
「ジェット起きろ。魚採って来たぞー?」
「あれっ、もう帰って来たんですか?」
「ああ、お前が寝てる間にね。今日は星が出てるから、外で食おう」
「ふぁい」
あくびを噛み殺し煙草を咥えて表に出ると、都会の濁った大気から覗き見ることは出来ない美しい星空が広がっていた。
ちかちか瞬く星に見とれてしばらく突っ立ってる内にいい匂いが漂ってきた。でっかい魚が何本も串に刺さって焼かれていた。
「綺麗だろ」
「はい、とっても」
「ま、座りなよ」
二人で煙草をふかしながら魚が焼けるのを待っていると、ルルは俺の様子を窺うように喋りかけた。
「ジェット、さっきの精霊についてだけど」
「ええ」
「心当たりはあるの?その、神がどうとかっていうのはさ」
何とも言えない。俺に前世の記憶があることが心当たりと言えばそうだ。しかし俺は両親の顔も人柄も、何も知らないんだ。そちら由来の可能性も否定できない。
「いや、言いたくなければ良いんだ」
「……ルル姉は、俺がどうしてシャルさんのところで世話になってるのか、知ってますか?」
「…知らないけど、それがどうかした?」
「俺は気付いたら山の中の城で育てられてて、父親の名前しかわからない状況で今、此処に居るんです。なーんにも、分からないんですよ」
短くなった煙草を薪の中に放り込んだ。俺は申し訳なさそうな顔をしたルルに新しい煙草を差し出した。
「ふぅ……アラドヴァルの事はシャルから聞いてないんだ」
「はい、父親の事を聞くと嫌そうな顔をします」
「フハハハ!まぁ仲悪そうだったからな、あいつら」
ルルは懐かしそうに目を細めて煙を吸った。
「アラドヴァルはな、めちゃくちゃな奴だったが強かったよ。あいつの得意技、何だと思う?」
「んー、身体強化しか出来なかったって聞きました」
「それも間違いじゃないな。でも、あいつがマジになったときだけ発動する魔法があったんだよ」
「なんですか?」
「瞬間移動だ。無詠唱のな」
「うそ、ホントですか?」
「ああ、この目で見たよ」
爺でも条件を整えて呪文を唱えなければ発動しないってのに。瞬間移動が爺が昔言っていた俺の血族の魔法なのだろうか。
「あいつは疾風のアラドヴァルって呼ばれてた。対人戦なら多分チャールズより強かったな。だって瞬間移動だよ?避けられないよな普通」
「んで、今は何してるんですか?」
「依頼で国境沿いに一人で行ってから消息不明。お前が生まれる一年前だ」
「そうですか…」
その一年間で彼の身に一体何があって、どうして俺が生まれたのだろう。母親についてはシャルも触れないし、多分知らない方が良い事なんだろうけど、情報が出てくるにつれて知的好奇心が芽生えて来た。
「そういえばお前、城で育ったと言ってたけど誰に育てられたんだ?メイド?」
「いえ、その城には尊敬に値する偏屈ジジイが一人で住んでました」
「なんだそりゃ」
「育ててくれたのは父親が俺を預けた女性です」
ルルが煙草を薪に投げ捨て良い塩梅の魚を取った。
「名前は?」
「アリアンナ・マクアップです」
「あれ、どっかで聞いた名だな。何人?」
「キングスフィアの軍人です」
「思い出した!!血煙アリアンナか!!」
「おお、知り合いですか?」
「知り合いっつーか、んん…」
ルルは複雑そうな顔で魚にかぶりついた。俺も適当なのを取って食べよう。
「山の中で鉢合わせてさ、一回。やりあいそうになったな…」
「ええっ、どうなったんですかそれ」
「あちらさんは部隊全員、こっちは五人パーティーだったから全力で逃げた。怖かったよお前の母さん」
俺の事を恨めしそうな目で見ないで頂きたいな。俺には優しいんだからあの人は。
「お前の母さんはな、軍隊の中でも一番危険な任務を請け負う部隊に居たんだぞ?ブラック・クロウズって言ってね。未開の地に切り込んだり、この森みたいな土地の探索をするんだって」
ルルは骨と頭だけが刺さった串を捨てて次に手を伸ばした。
「ジェットの母親代わりってことは、引退したんだね。安心安心」
「復帰したみたいですよ」
「……あ、そう」




