第四十三話 やっぱり君は(3)
「――それじゃ、これからの段取りを話す。食べながら聞いてくれ」
「はい」
ルルの目つきが真剣なものに変わった。俺も気を緩めずに耳を傾ける。
「私たちの目標の冠草は毎年生える場所が変わる。でも、基本的にやや標高の高い日差しの良い場所に群生してるから、採取自体は簡単だ。三、四時間歩き回ればなんとかなるだろうね」
冠草は治療に使われる薬草の一種で、回復魔法を使えない人間にとっては重宝する代物だと爺に習った。
「接敵は避ける。採取が終わったら日没までに下山、村で一泊するか、車が出てたら乗って帰る。良いな?」
「了解です」
「良し。食事が済み次第アタシが周囲を探知しながら進む。痕跡は消さなくて――って、悪い、難しく喋っちゃったな」
「いえ、大丈夫です。安全に採取して速攻で帰るってことですよね?」
「……なーんかジェットって子供っぽくないよなー。ま、分かってんなら良いよ」
一瞬ギクっとした。もうちょっと気を付けて振る舞おう。子供らしく甘えた方が良いだろうか、ルル姉怖いよぉってか?
「…無いな」
「なんか言った?」
「いえ、食べ終わったんで行きましょう」
爺の城は山の中にあったし、俺は山歩きには慣れてるつもりだ。だから最初の一時間はピクニック気分で楽しめた。ルルのお陰で危険な生き物には会わずに済んだし、こっちの虫や植物を見るのは楽しかった。
「ルル姉、何時間経ったかな?」
「三時間ってとこか。どうした、疲れた?」
「……飽きて来ました」
「ははは!子供っぽいとこもあるじゃない!」
鍛えてるから体は問題ない。問題なのは、山の景色はどこを歩いても同じようなものだって事だ。なんの収穫もないまま歩きっぱなしだと先に心がやられるんだな、一つ勉強になった。
「生き物を相手にする依頼だと一週間粘っても収穫無しなんてザラだよ。アタシもガキの頃はイライラしまくってた」
迷いなく山を進んでいく今のルルからは想像もできないな。機嫌も歩くペースも常に一定で、ある意味淡々としている。ヤンチャしてたけど大人になって落ち着いたって奴かな。
「ルル姉、それにしたって景色が変わらなさ過ぎですよ。あの蔦が巻き付いた木だってさっき見たような……あれ?」
デジャブにしては出来過ぎてる気がする。木だけじゃない。転がってる石や斜面の角度、何もかもがさっきと同じだ。
「ああ、気付いちゃったか?勘が良いね、冒険者向いてるよお前」
「迷った、んですか?」
「そうだったらまだ良かったんだけどな」
ルルはそう言うと急に立ち止まり辺りを見渡した。そして、右手を腰のナイフに添えた。
「アタシ達は迷わされている」
まるでルルがこう発言するのを待っていたかのように、薄い霧が立ち込めて来た。
「クソッ、敵かルル姉!?」
身体強化を全開にして辺りを警戒したが、不可解なことに何も起こる気配がない。魔力を探知しようにも俺の射程距離はまだ半径10mだ。遠距離から何者かが魔法を使っているのなら対応は難しい。
「ルル姉!どうするんですか?」
「……うん。落ち着けジェット。大丈夫、攻撃されてるわけじゃない」
「え?じゃあ、どういうことですか?」
ルルはナイフから手を離し、俺の頭を優しく撫でた。
「多分、精霊の仕業だ」
「そんな、こんなところに……」
精霊と言うのは出会っただけで一生自慢できるような存在だ。人の手が届かない秘境にしか住んでいないはず。
「魔力の感じで分かった。これは精霊だ。以前一度だけ会ったことがある」
ルルは敵ではないと言っているが、しかし彼女の表情は強張っている。
「進むぞ」
「……はい」
歩き出して直ぐに霧は一層濃くなった。足元に注意しながら慎重にルルに付いて行くと、どこからか肉を焼く匂いが漂ってきた。
「なんですかこの匂いは」
「わからない。もう近いぞ、しっかり目に焼き付けろ」
霧が消えた。そして黒い棒人間が五人、焚火を囲って座り込んでいた。彼らの長い長い人差し指の先には鼠が一匹ずつ突き刺さっている。
異様だ。しかし、恐怖は無い。
『アア、矢張リ、ケモノ様ダ』
五人の内誰が発したかは分からないが、その言葉を皮切りに皆立ち上がり、こちらに向かって歩いて来る。足音がしない事を疑問に思い彼らの足元を良く見てみると、どうやら草花の上を歩いている様だ。草花は潰れず、少し撓るだけ。彼らに質量はほとんどないのだろう。
彼らは焚火を囲うように俺の周りに立った。ルルには興味が無いのだろうか。俺の正面に立っている頭のてっぺんがギザギザになっている個体が一歩俺に近寄った。
『穴カラ覗イテイル』
真っ黒いのっぺらぼうと、不思議と目が合った気がした。彼らの魔力は少しイェスパーさんと似ている気がする。
『人ノ子ハ、扉カ』
『ケモノって、なんのことですか?』
『神ト呼バレタ、ケモノ。鉄ノ鎧』
『喋ルノカ、喋ル』
彼らは声を上げて笑い出した。男とも女ともつかず、高くも低くもない声で。悪意は籠っていない。だからこそ俺は疑問を投げかけることが出来るんだ。
『神様はいるんですか?』
『言葉ヲ話ス人ノ子ヨ、居ル。神ノ力コソ魔ノ力』
『その神の名前は聖魔の神、ですか?』
『……』
正面の個体は他の四名をぐるりと見渡し、また俺の方を向いた。
『人ガ作リ信ジル神』
『それって……』
『サラバダ人ノ子ヨ。扉ノ子ヨ』
他の四人も口々に別れの言葉を告げると、彼らの体が少しずつ霧散していった。もう行ってしまうのか、まだ聞きたいことがあったのに。
『また、会えますか?』
『運命。ソレダケダ』
肌を撫でるそよ風に乗って、彼らは消えてしまった。焚火の跡と俺の足元に落ちた鼠の死骸だけが彼らがいたことの証拠だ。
『守護者二気ヲ付ケロ』
「えっ!?」
「どうした?」
「守護者、って……」
ルルはギョッとしたあと、ため息を一つ吐いた。
「色々聞きたいことしかないけど、今は黙っておく」
「な、どうしたんですか?」
「気付かないか?ジェット」
周囲に意識を集中してみると、かすかに地響きが聞こえて来た。足元の小石も揺れている。
「……嘘だろ」
「跳ぶぞ、しっかり掴まってろ!」
冠草の周りに集まる怪我をした動物や魔獣を捕食する賢い生き物。本来ここには生息していない筈の魔獣。その名前はガーディアン・センチピード。
「シッッ!!」
ルルが鋭く息を吐いて30m以上垂直に跳び上がった。
彼らの捕食方法は自然界で良く見られる物だ。地面に潜った自分の上を獲物が通ったら飛び出して捕まえる、これだけだ。
「さ、お出ましだ」
全長20mの巨大ムカデが今、地面を引き裂き飛び出した。




