第四十話 冒険の予感
あの事件から二週間が経った現在、俺は自室で爆破魔法陣の作成に勤しんでいる。だんだんと精確かつ迅速に書き上げられるようになったので、ノルマをこなすことでシャルリーンに小遣いが貰えるようになった。
この年にしてフリーランスの魔法陣制作者だ。母さん、見てますか。ジェットは自立の一歩を踏み出しましたよ。
「よっし、できた!」
三十枚の紙束を抱えて自室を出た。ローザさんに挨拶してから事務所に向かおうと思ったが、彼女が見当たらない。急な仕事かな?
事務所の脇の階段を登って執務室に行こうと手すりに掴まったら、大通りに面している正門の方から人々のざわめきが聞こえた。気にはなったが、この邪魔くさい紙束をさっさとシャルに渡してから噂話を聞きに行っても遅くは無い。小遣いを何に使おうかな。スラムの皆に酒でも奢ろうか。
(いや、五歳児に奢られたら気分悪いか)
俺が蹴り壊した執務室の扉は、鉱山に行っている間に取り換えられていた。小遣いは弁償に回した方がいいかもな。俺はいつも通りノックを二回してから用件を伝えた。
「ジェットです。魔法陣持ってきました!」
扉越しに許可する声が聞こえた。なんだか今日は機嫌がよさそうだ。
「お疲れ様です。ローザさんはどこ行ったんですか?」
「はいお疲れ様。買出しにでも行ったんじゃない?」
「そうですか」
シャルに魔法陣を渡したら、彼女がそれを確認している間、俺は応接用のテーブルに座って一服しながら待つことにしている。
「シャルさん、表が騒がしかったです。お祭りでもあるんですか?」
彼女の魔法陣をめくる手がピタリと止まった。
「来たか」
「え、なにが?」
「私の友人さ。ちょっとした有名人でね」
シャルがそう言い終わったら、ノックも無しに扉が開かれた。
「久しぶりだな」
自然体で部屋に入ってきたこの男の声は低く、深みがあった。年の頃は三十代前半といったところか。短い茶髪で、前髪を右に流している。
「二年ぶりだっけ?」
シャルは立ち上がってそう言うと、男はもう三年になる、と短く返答した。
「お前はシャルリーンの息子か?」
「い、いえ」
彼の青い瞳の力強さに思わず気おされてしまった。彼の顔は中々に男前で、右耳にピアスを三つ開けている。
「なわけないだろ?喧嘩売ってんのか?」
シャルはこちらに歩み寄りながら冗談を言った後、笑みを浮かべる彼とがっしりと握手を交わした。これが二人なりの再会の祝い方なのだろう。
「じゃ、失礼しますね…」
ちょっと居づらい空気感だ。俺はさっさと消えちまおう。
「忙しいの?」
「いえ、別に…」
「じゃあ一緒にお茶しよう。私の友人を紹介させてくれ」
「…はい」
俺はソファーに座り直した。そういう風に言われると断り辛い。
「彼の名前はチャールズ・ガドラックだ。結構有名な冒険者で、王様や教会の連中にはちょっと嫌われてる」
「チャールズだ。お前の名は?」
差し出された彼の掌にはタコが出来ていた。手の甲、指にすら血管が何本も浮き出ていて、それらが太い前腕、上腕に走っていくのがハッキリと見て取れた。
「ジェット・アルバーンです。よろしくお願いします」
「ああ。お前は、シャルリーンに拾われて此処に居るのか?」
「あ、えーっと…」
俺と握手を終えたチャールズさんは真っすぐに俺の目を見て問いかけた。俺の身の上をどこまで喋って良いのか分からず迷っている間も、彼は落ち着いた態度で俺と目線を合わせ続けている。なんだか勝手に責められている気分になってしまった。
「チャールズには話してもいいよジェット君」
「あ、そうですか。ええっと、俺はアラドヴァルと言う人の息子らしいです」
「そうか、ふっ。あいつに先を越されたなシャルリーン」
「さっきからうるせぇ、ほら」
シャルが煙草を俺たちに投げて寄越した。チャールズさんは煙草に火を付けた後、リラックスした様子で脚を組んだ。金属で出来ている黒い脛当てがカチャリと音を立てた。
「ふぅ…。ジェットの母親は誰だ?」
「知らない方が良い」
「……アイツらしいな」
チャールズさんは袖なしの服を着ている。だから彼が煙草を吸うときに肩と腕の筋肉が盛り上がって見えて恰好が良い。
「チャールズさん、どうやったらそんなに筋肉がつくんですか?」
「ん…。必死で戦っていたからだろうな。若手の頃は何度も死にかけた」
「ジェット君はそのままでいてくれ」
「アラドヴァルは俺以上だった。ジェットもすぐ――」
「止めてくれよチャールズ。ジェット君がアイツに似るなんて想像したくない」
「しかも、アラドヴァルと子供を作るような女の血も入ってる。ジェット、退屈なら外で遊んでいても良いんだぞ」
「ジェット君はこの年で魔法陣をかけるほどいい子なんだぜ?アイツにゃ似ないよ。そうだ、お金渡してなかったね」
シャルが金を取りに席をたった。親戚の家に遊びに行ったときの思い出がよみがえって来る。あの独特の疎外感、懐かしいな。
「金?お前、シャルリーンに働かされてるのか?」
「い、いえ。爆破魔法陣を書いて、お小遣いを貰っているだけです」
「それを働かされるというんだ。覚えておけ」
「お、おす」
チャールズさんの優しさが痛い。俺、同年代の友達がいないし、あんまり外に出ると怪しまれそうだから部屋で魔方陣書いてるだけなのに。
「おいおい、勘違いしないでくれよ。」
シャルが俺に給料袋を手渡した。中には七千五百ギラ、安宿なら数回泊まれる位の金が入っている。
「この子の状況を鑑みた結果さ。自立のしかたを早く覚えた方が良い。分かるだろ?」
「自立か。なら、アドラスに来てる俺の仲間に子供好きな奴がいる。そいつはまだ暇なはずだ。そいつの依頼に着いていったらどうだ」
「え、良いんですか?迷惑じゃ?」
チャールズさんは少しだけ微笑んでシャルに向かって言った。
「確かに似てないな」
「だろ?遠慮するなよジェット君」
「そいつの名前はルル・ベル。女だ」
「あー、あの子か。良いじゃない」
「明日の朝にでも行くぞ。いいなジェット」
「は、はい。行きます」
まぁ、俺も興味あったし、ここは遠慮しないで行ってしまおう。若干、外堀を埋められてしまった感はあるが。
しかし、もうちっとだけで良いから、ゆっくり目に事を進めちゃくれないかね。イェスパーさんみたいなタイプはこの世界じゃ珍しいのかもな。
「ローザ、何してるんだ」
不意にチャールズさんが扉の方に喋りかけた。すると、ゆっくりと扉が開き、盆の上に人数分のカップを載せたローザさんが入ってきた。
「す、すいません。タイミングを…」
「不意打ちなら魔力をもっと押さえてやれ」
「や、止めてください!そんなつもりじゃ!」
「出来の悪い一番弟子だ」
なるほど、そういう関係性か。これは弄りがいがありそうな情報だ。
「でも、そういう子が結局一番可愛いんだよね?」
シャルがにやりと笑って言った。
「ふっ、そうだな」
「なっ、もう、私は子供じゃないんですよ!」
「ああ、悪かった」
チャールズさんは素直に謝ってコーヒーを取った。そして、ローザさんの頭に日に焼けた大きな手を乗せて、ポンポンと叩いた。
「背、少し伸びたか。じゃじゃ馬よ」
ローザさんは肩を落とし大きな溜め息をついた。俺とシャルは指をさして笑った。




