第三十九話 起伏のある人生
少々の倦怠感と強烈な朝日が俺の脳を覚醒させた。
「うう…どこだ…?」
見知らぬ部屋は保健室を思わせるつくりをしている。ベッドが4つ、大きな棚が置いてあって壁にかかっている時計は午前八時を指していた。
大人達が慌ただしく歩き回っている音がドアの外からしたので、俺はベッドを抜け扉を半開きにして様子を窺った。
すると、丁度シャルリーンとアレックスさんがこの部屋の前で話し込んでいる所が見えた。シャルは数枚の紙切れを持っていて、二人してそれを覗き込んでいるようだ。
「あの、今起きました。これどういう状況ですか?」
廊下を行く人々が立ち止まり、彼らの視線が俺に集中した。え、なに?なによ皆して俺を見つめて。
「シャルさん、お腹減ったんですけど」
あっけにとられた顔をしたシャルが、咥えた煙草を口からこぼし、それをアレックスさんがキャッチした。そしてシャルは複雑な表情をして俺の方にツカツカと歩いてきた。安堵、喜び、悔しさ、そして怒り。ああ、これ殴られるパターンだな。
「馬鹿垂れ!」
「いでぇ!」
脳天に拳骨をお見舞いされた。そして彼女はしゃがんで俺と目線を合わせた。仕事の時の鋭い目をしている。
「なんで殴られたか、わかるか?」
「はい」
「言ってみろ」
「無茶しました。失敗したら二人とも駄目だったかもしれないのに」
「分かっているなら私から言うことはもうない。次に君がやることはなんだ?」
「アレックスさん、その。上手く言えませんが、すいませんでした」
「良し、いい子だ」
アレックスさんが笑顔で俺にそう言った。周囲の目線がちょっと恥ずかしい。が、仕方ない。俺はとんでもない馬鹿をやった自覚がある。
「今までは大人としての言葉だ、ここからは本音だぜ!」
シャルも笑顔になってそう言うと、立ち上がって煙草を受け取り咥え直した。
「よくやった!!この大馬鹿野郎!!」
彼女の言葉を皮切りに、皆が俺を取り囲んで色々な言葉をかけてくれる。偉い、凄い。腹が減ってるならこれを食えよ。皆で胴上げだ。俺はされるがままに、片手に大きな白パンを抱えながら、天井が何度も近くなったり遠くなったりした。
三度往復したあたりから、なんだか心が温かくなってきた。背中で感じる皆の手の温度が、俺の心に伝わったような気がした。俺の勘違いでもいい。俺は今、嬉しい。
「さ!そろそろ仕事だ皆!」
彼女の号令で、今度は皆別れの言葉を告げて離れて行った。運動会が終わった後のような妙な寂しさが去来した。いやいや巻き込まれた催し物でも、なんだかんだ終わってみればいい思い出になったりするものだよな。
「仮眠室に入ろう。今後についての話をする」
「分かりました」
部屋に入り直し、俺は二人と向き合う形でベッドに腰かけた。
「今回の事件の原因は、他の会社の逆恨みだった。ジェット君が狙われたのはひとえに私の油断によるものだ。すまなかった」
「いえ、頭を上げて下さい!」
「いや、これは私の責任だよ。何なら一発殴ってくれて構わない」
「そんな、気にしてないですよ!あの刺青女が悪いんですから」
シャルは苦笑いしながら頭を上げて、ジェット君は優しいねと呟いた。俺は優しくなんてない。人を責められるほど偉くないだけだ。
「んで、俺はこれからどうするんですか?」
「ああ。これまで通り私達と一緒に行動してくれ。無論周囲への警戒及び、他会社の我が商会に対する印象調査は怠らない」
「てことは、あの女は捕まえたんですか?」
「あー、そのことなんだがね」
シャルはポケットから煙草を取り出し、俺とアレックスさんに勧めて来た。有難く頂戴したが、彼は丁重に断っていた。
「奴の名前はエリアス・バレット。使える人脈は全て利用したが、奴の両親も出身地も不明。スラム街で生まれ育ったんだろう。」
彼女は長く煙を吐き出し、一拍置いてからまた口を開いた。
「悪い!ジェット君。逃げられちった!」
俺はシャルに拳骨をお見舞いした。半ば無意識の行動だった。
「しょうがなかったのさ、奴はほぼすべての魔力を使い切っていたようだったし、逃げ足がとんでもなく速かったから追跡が困難だったんだ…」
彼女は痛がるそぶりも見せずに、急に俺を抱っこして言い訳して来たのでもう一発食らわせてやろうかと思ったが、俺の拳が怪我しそうなので止めた。いつか痛がらせてやる。
「奴はスラムに逃げ込んだんですか?」
スラムは入り組んでいるし広大だ。もしそうなら追跡に失敗したのも頷ける。
「逃げられたって言うのはね、ジェット君。この国からだよ」
「マジですか?」
「大マジだ。奴は偽名で冒険者登録していたらしい。私たちは事件の後、奴と似たような背格好でいつも露出が無い服を着ている女の情報を片っ端から確かめた」
これまで成り行きを見守っていたアレックスさんも会話に加わった。
「ジェット君。冒険者登録の際に、登録者の魔力も記録することになっているんだ。君が魔法陣を書く際に使うペンの仕組みを応用した魔道具があって、それを僕と会長で確認した。そして奴は行商人の護衛任務を朝一番に受注し、国を出たらしい」
「…奴は、どこに向かったんです?」
「君の育てのお母様の故郷、キングスフィア王国さ」
母さんがあんな女に負けるとは思えないが、その情報を聞いて少しだけ動揺してしまった。俺が言葉を探している内に、不意にドアが二回ノックされた。シャルが許可を出すと、息を切らした男性が入ってきた。
「あの女、国を出た直後に魔道車一台を強奪して逃げてったそうです」
「そんなこったろうと思ったよ。報告ありがとう。下がっていいよ」
「シャルさん!アイツを速く捕まえないと!」
「落ち着きたまえよジェット君」
シャルは気だるげにそう言うと、煙を深く吸い込んだ。俺はシャルの態度にモヤモヤしたので、睨みつけながら煙草を吸うことにした。
「そんな目で見つめないでくれ。いいかい?捕まえるったって、先ず国は何も動いてくれない。闇組織が起こしたゴタゴタには基本不干渉なんだ」
「じゃあ、ダッチマン商会で捕まえれば…」
「そうしたいのは山々だけれどね、私かローザとアレクの二人がかりでようやく倒せる程度の相手だ。迂闊に手を出すわけにもいかない」
「それじゃぁ…」
「悔しい気持ちは分かるが、今は様子見だ。なに、奴は殺し屋だ。依頼が無ければウチに手出しはして来ない、はず…あ、そうでもないか?」
「なんですか!てゆーかそもそもね、俺は悔しいんじゃなくて不安なんですよ!あんなバケモン野放しにできないっすよ…」
俺はシャルの膝から飛び降りて、外の景色を眺めて心を落ち着けようとした。しかし、それは無駄な試みに終わった。
「ねぇアレックス、あのクソ野郎、情報吐かせてるときになんか言ってなかったっけ。ジェット君がどうこうって」
「ええ。というか、今まで忘れてたんですか?」
「な、なんですかアレックスさん」
「あの子、ジェット君に恋しちゃったみたいだよ。君を王子様と呼んで痙攣していた、確か黒幕がそう言っていた筈だ」
「……なんでだよぉぉ」
シャルが俺に近寄ってきて、背中をトントンと叩いた。
「モテる男はつらいね!」
「てめぇこの野郎」
「時として一瞬で恋に落ちてしまう事って、意外とあるものだよ。僕が妻と出会った時がそうだった」
「あんたらねぇ、俺には爆破魔法陣があるんですからね、もう暗記しましたからね!」
俺が脅しをかけると、大人二人は無言で窓の外を眺め出した。俺は新しい煙草に火を付けて、憂鬱な気持ちを窓の外に吐き出した。
「二人とも、今日は天気が良いね」
「ええ」「…そうっすね」
「ちょっと、飯でも食いに行こうか」
「ご馳走様です」「美味い肉食わせて下さい」
「…私ちょっと疲れてるみたいだ。さっきはからかってごめんねジェット君」
「僕もです。すまなかったジェット君」
「いいっすよ、もう…」
三人そろって大きな溜息を吐いた。三人の幸せが逃げて行った気がした。
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