第三十八話 手前の仕事に気を付けろ
ゴーストタウンの外れの倉庫で白髪交じりの頭を垂れる、この男の名はアルベルト・ローデイル。今回の事件の首謀者である。
「フゥーー…。おい」
紫煙を床に向かって吐き出し、雑に呼びつけた彼の部下が持ってきたグラスを受け取り一気に飲み干した。
先ほどまでグラスに入っていた蒸留酒と同じ琥珀色の目は、幽鬼のように薄暗く燃えている。天下のダッチマン相手に大博打をして失敗すればまともな死に方はできない。それでもいいさ、行くところまで行ってやる。それが俺のやり方だ。大勢の部下相手にそう息巻いて見せたが、なんてことは無い。経営不振、借金、他の組織からの乗っ取りに追い込まれた果ての現実逃避だ。
「ボス、なにか、変な音がしませんか?」
スキンヘッドの部下が耳をそばだてている。最初は無視を決め込んでいたアルベルトにも次第に聞こえて来た。ひゅうう、と矢が空を切り飛んでいく様な音が。
「おい、誰か表に――」
飛来物は倉庫の壁を突き破ってもなお勢い収まらず、数回バウンドした後反対側の壁にぶつかってようやく停止する。そして訪れた数秒の静寂。
「どうなってやがる、クソッ!」
アルベルトは早口に吐き捨てると、飛来物、正確には人を早急に手当てするよう部下たちに素早く指示を出した。
「なんで野良犬女が壁突き破って来るんだよ!!ああ!?」
激情のままに机を蹴り飛ばし、その拍子に割れたグラスの破片を踏みつけてエリアスまで歩み寄った。
「おい何寝てやがる!説明しやがれぇ!」
「ボス、この傷じゃあしばらく意識は戻りませんぜ」
「このっ…クソォ!」
行き場のない怒りを抑えるため、アルベルトは煙草に火を付けた。
野良犬は素人目に見てもわかる重傷を負っていた。折れた骨が火傷だらけの皮膚を突き破っていたし、むしろ息があるのが不思議なほどだ。しかし、なぜなんだ。この小娘がいかれた強さを持っているのは業界内じゃ有名になりつつあった。冒険者上がりの小僧っこ一人ぶち殺すなんてわけないはずだ。なぜ、どうして上手くいかない。どうして。
アルベルトは典型的な二代目社長だった。たたき上げの父とは違い現実が見えていないので、古株の構成員からは何度も忠告されていたが、彼の頭は多少キレたので今までなんとかなっていた。しかしそんなアルベルトも現実を知ることになる。戦いに生きる者の狂気を、目の当たりにすることになる。
「ボス!意識が戻りました!」
「なに?」
アルベルトが丁度煙草を一本吸い終わったタイミングだった。いくらなんでも速過ぎると訝しみながらエリアスに駆け寄ると、驚くことに折れた骨がくっつき始めて、火傷も随分とマシになっていた。
「あ…うぁ……」
「野良犬よ、一体全体どうなってやがんだ!護衛にやられたのか?それとも――」
アルベルトの呼びかけが脳震盪でぼやけていたエリアスの意識を急速に回復させた。思い出した、私は負けた。あの赤髪の少年に。私の――。
「――王子様アアア!!!」
「うあああ!!」
エリアスは叫び声と共に上体を起こした。あまりに急な動きだったので内臓が痛み吐血し、ビクンビクンと打ち上げられた魚のように跳ね回った。
「いた、痛い。ああイタい嬉しいい!!ゲボォ!!」
エリアスの脳の恐怖をつかさどる回路は殆ど機能していない。しかし、ジェットの黒い魔力によってその回路がほんの少しだけ活動したのだ。そのとき感じた思いを、以前女の刺青師から聞いた話と重ね合わせてしまったのだ。
どきどき、言葉が出なくなる、動きがぎくしゃくしてしまう。これが恋なんだ。良くわからないけれど、運命の人の事を一般的には王子様と呼ぶらしい。ならば名前も知らない煙草を咥えたあの少年が、きっと私の王子様。彼だけは、私の刺青の事を気にかけてくれた。このようにして、奇妙な吊り橋効果が発動してしまったのだ。
「ふざけてやがる…どいつもこいつもクソクソクソォ…」
アルベルトは頭をガシガシと搔きながらこめかみに青筋を浮かべた。
「おい!跳ね回ってる暇があんなら説明しやがれぇ!!俺の依頼はどうなったんだコラァ!!」
唾を飛ばして怒鳴り散らすアルベルトの真剣さを汲んだのかそうでないのか、とにかくエリアスは止まった。頭頂部とつま先を支点にして見事なブリッジをした状態だった。
「わたし、負けた」
「あん、だと…?」
エリアスは頬を上気させ気味悪くにやついている。
「アレックスさんは強かったけど勝った。でもあの子に、負けた…あぁぁ」
エリアスは弓なりになった体をこれでもかと反らし、体をギュウと伸ばして恍惚を全身で味わっている。アルベルトが言葉を無くしへたり込んでしまってもお構いなしに、様々な体液を分泌しながら快感に酔いしれている。
「ボス、そこにいたら汚れます。さぁこちらに」
放心状態のアルベルトは部下に連れられ適当な木箱に腰かけた。
「おれ、おれは、終わりか…?負けた?」
無意識的に煙草に火を付けようとしたが、動揺によって魔法がまともに使えなかった。
「おい誰か、何とかいってくれよ。おい!」
顔を上げたら、自分を誘導してくれた部下が、床に突っ伏していた。
「あれ、おいなんだよ」
右を向いても、左を向いても、同じことだった。それなりの手練れを集めた部下十三名が皆同じ姿勢を取っていた。
パチンと指をはじく音が口元からしたと思ったら、いつのまにか咥えた煙草に火がつけられていた。なんだ、数え間違えたのかと、アルベルトは安堵した。
「おお、わりぃな」
「いえ、お気になさらず」
お気になさらず?自分の部下のセリフとは思えない。しかも女の声じゃないか、今のは。
「久方ぶりですね、ローデイルさん。私、時間外労働も厭わず地獄をお見せしに馳せ参じました」
「あ、お前、なん、なんで」
煙草が彼の口からこぼれ落ち、地面に小さな火花が散った。
「お忘れですか?」
私の名前は、シャルリーン・ダッチマンですよ。
「野良犬!!!仕事だァ!!!」
さっきまで見事なブリッジを見せつけていたエリアスは、体液の痕だけを残して居なくなっていた。アルベルトの身を守ってくれる者は、ここにはもういない。
「なんでだ!!なんで居ない!!!」
「ぴーちくぱーちく、少しは静かに出来ねぇのかド三流が」
「ぐぇ…!」
革靴がアルベルトの鳩尾にめり込んだ。
「話はゆっくり聞いてやるから、ま、あと数時間の関係性でしょうけど」
シャルリーンはぐいっと顔を覗き込んで、獰猛に笑った。
「精々仲良くしましょうね、ローデイルさん?」
サブタイトルを、ああ私の王子様にするか迷いました。どっちがよかったかな?




