第三十七話 ハートに火を付けて
寂れた教会の窓に嵌めこまれた青を基調とした美しいステンドグラスが、沈みかけた太陽に照らされている。
「…綺麗だ」
祭壇の前に仰向けに倒れたアレックスは掠れた声で呟いた。きらりきらりと儚げに輝くそれが、まるで自分の消えゆく命の様に思えて自嘲気味に微笑んだ。
教会の中は惨憺たる様子で、へし折られた長椅子や机が散乱している。アレックスが教会入り口からここまで蹴り飛ばされたときに轢いてしまったのだ。それをやった本人は、満足そうな顔でゆっくりと中に入って来た。
冒険の成果である魔剣も魔道具も、全て使い切った。いくつかはへし折られ、いくつかは斬り飛ばされた。もうこれ以上ないというほど悪あがいて、そしてこのざまだ。だからもうアレックスに後悔はなかった。
「ゲホッ……フッ」
折れた骨が内蔵に刺さったようで、いくらか吐血した。
(会長、後は頼みますよ)
エリアスが木片を踏みしめる音がだんだん近づいて来るのを感じながら、アレックスは神ではなくシャルリーンに祈った。空に向けて放った火炎砲、そしてエリアスの魔力。この二つに気付いたシャルリーンが駆けつけてくれることを期待しながら戦い続けたが、望み薄なのは重々承知の上だ。
(許してくれよ…皆)
妻とこれから生まれてくるであろう子供についても、シャルリーンが面倒を見てくれるはず。仲間や後輩たちは、もう心配いらないほど成長した。しかしやはり、少しだけ寂しい気持ちが芽生えて来た。
そして右手に握った髑髏の魔剣を、最後まで手放さなかったことを誇りに思った。これで罪悪感なく向こうへ逝けるから。
「あの子の居場所は?」
「もう逃げてしまったよ」
アレックスの右腕にナイフが突き刺さった。
「あの子の居場所は?」
「知らないね」
エリアスがナイフをつま先で蹴った。堪らず顔をしかめた。
「…アレックス、さん?覚えておく。後、貴方喋らないでしょ?」
「ふふふ。光栄だ」
「楽しかった!それじゃあね」
エリアスが大振りのナイフを創り、振りかぶったその時。
エリアスの喉がひくっ、と痙攣し、全身が粟立った。目の前の獲物の事を忘れて振り返ったが、そこには誰も居なかった。しかし、圧倒的な量の魔力だけは感じる。それがエリアスにとって生まれて初めて味わう感情を引き起こした。心臓がどきどきして頭の回転がぐちゃぐちゃにされて、手先が冷たくなった。
「こ…、これが…?」
不意に光の目潰しがエリアスを襲った。アレックスにされたのかと思ったが、呪文は聞こえなかったし、なによりアレックスが目潰しに苦しむ声が聞こえた。ならば、誰?
アレックスの脳裏にはその答えがよぎっていた。しかし、あまりにも異質な魔力のせいで、自分の考えに自信を持てずにいる。状況的に助けに入れる人物は二人しか思い当たらない。しかし、その二人の中にこんな魔力を持つ者は居なかった。世界中の闇を凝縮して、ぶちまけたような黒。アレックスは心の奥底から恐怖を引きずり出された気分になった。
「んっ」
エリアスの顔に何か硬い物がぶつけられた。それは強い刺激臭を放っていた。
「…酒?」
「よぉ」
自分の後方からした声にハッとした。アレックスのものではない、まるで声変わり前の少年の様な。
アレックスがかけた魔法が溢れ出る魔力に耐え切れず解除され、ついにその姿があらわになる。
「どうして…!!」
「ッッ!」
振り向いたエリアスは、腹部に魔法陣が描かれた紙を叩きつけられた。いつもならば躱して見せるが、今回ばかりは体が思うように動かなかった。この初めての感情によって。
ジェットは、咥えた煙草を吐き捨てる。彼の考えた作戦は非常にシンプルなものだった。どうにかして爆破魔法陣を当てる。これだけだ。
「やってくれたなぁ…おい」
魔法陣の爆破の方向は前、範囲は人一人分、威力は注いだ魔力の分だけになるよう、ジェットの手によって改良が加えられていた。そして、ジェットの溢れ出る魔力を吸い上げた魔法陣は今、黒く光り輝き始めた。
「月までぶっ飛べ刺青女ァ!!!」
閃光、爆炎、轟音。岩盤を壊すほどのエネルギーを超圧縮して前方に打ち出すこの爆破を受けたエリアスは、教会の屋根ごと、文字通りぶっ飛ばされた。そして途切れかけた意識の中、幸せに包まれていた。ああ、今日は人生最高の日、と。
「おらぁ!!!やってやったぁぁあ…ぜ…」
ようやく自分の生きたいように生きられた様な気がした満足感の中、ほぼ全ての魔力を持っていかれたジェットは気絶した。
「よっと」
アレックスが痛む体をなんとか起こしてジェットを受け止めた。複雑すぎる胸中だが取りあえずは生き残ったことに安堵し、星が輝き始めた空を見上げた。
「ふぅー、やっぱり先輩の息子だ。イカれてる」
ジェットの幸せそうな寝顔をまじまじと見ていたら、不思議と笑いが込み上げて来た。
「くっくっく…おや?」
覚えのある魔力が高速で近づいてくるのを感じた。
「アレク!!ジェット君!!」
「会長!」
「無事…ではないようだね」
土煙を上げながら駆けつけたシャルリーンは二人に駆け寄って回復魔法を使った。アレックスは致命傷を負っていたわけではないため、すぐに動けるようになった。
「――ひとまずは、こんなもので許してくれ」
「十分です」
「で、ウチの従業員に手を出したクソ馬鹿野郎は、どこにいったんだ?」
「ええっと、なんて言ったらいいか……」
「どこだ?」
アレックスはとりあえずエリアスが吹き飛ばされた方向を指さした。こうなったらもうシャルリーンは止まらないことを良く知っていたので、落ち着いてくださいとは言わなかった。
「そうかい。遅れて仲間がやってくる。後のことは心配するなよ」
「私がキッチリ片を付けてやる」
載せなおしです。カクヨムの方に特別編をアップロードしました。ジェット君の4歳の誕生日プレゼントのお話です。




