第三十五話 能ある鷹は爪を隠す
巨大なガスバーナーの様に噴き上がる灼熱は、夕暮れの町を昼間の太陽が如く照らした。火炎砲の持続時間は、万全の体調でも一秒そこそこ。現在のアレックスでは0.7秒が精一杯だったが、本来その半分の時間でも大抵の魔獣に大火傷を負わせられる。
0.2秒経過。エリアスが熱さを感じだした。
0.4秒経過。炎が彼女の身体強化を貫通し、薄っすらと全身が火傷し始めた。
0.6秒経過。腹部を守るため畳んだ脚と顔を守る両腕が燻り始めた。
0.7秒経過。エリアスの全身が発火した。火炎砲の持続時間が終わると共に落下し始める。
アレックスは大量の汗を流しながら、驚愕に目を剥いた。なぜ、あの少女は人の形を保っているのだ。もう燃やし尽くした筈なのに。
「嘘だろ、頼むぞ…」
お願いだからもう動かないでくれ。しかし彼の願い虚しく、エリアスは炎に身を包んで両目を開いた。
彼女と目が合った瞬間、アレックスは落ちた魔剣をひっつかみ全速力で逃げ出した。アレは自分の手に負える存在ではない、深手は負わせた以上ここは撤退するべきだと判断したのだ。しかし、この自分自身が下した判断に対し、すぐに疑問が浮かび上がった。
(深手を負わせた保証はどこにあるんだ?)
その刹那、悍ましい狂気の魔力が吹き荒れた。憎しみや恨みつらみなんかの生易しいものではない。ただ、楽しいので、殺しあう。純然たる彼女の思想が魔力を通じてアレックスの心に伝わった。
とん。アレックスの肩に何かが触れた。見やった先には、化け物が居た。
散大した真っ黒の瞳孔、ぼさぼさの髪、無機質な満面の笑み。自分の肩に触れる手には焼け爛れた蛇の顔が。
「う、あ…」
「フフッ」
左側頭部に強烈な衝撃、遅れて背中に走る鈍痛。アレックスは殴り飛ばされ家屋の壁を突き破った。
ふらついた頭を持ち上げると、陽炎と重なったエリアスが歩み寄ってくるのが見えた。
(ここで終わり、か…)
良い人生だった。比較的マシな家に生れ落ち、それなりに馬鹿をやって過ごし、そして冒険に憧れた。自分には偶々才能があった。五年もすれば、ダッチマン商会のギルド以外の冒険者にも名が知れ渡るほどに成長した。
古の戦場跡地、峡谷の滅びた城。とにかく面白そうな場所に宝を探しに行った。中級上位の冒険者になりワイバーンを討伐した頃、彼にとって最高の女性と出会った。そして安定した生活のため冒険者を引退し護衛の仕事に就いた。本当は護衛など雇う必要が無いシャルリーンが、「ほら、能力とかバレたくないし」と適当な理由を付けて自分を誘ってくれたことが、とても嬉しかった。
「あ、忘れてた。あの赤い髪の子は、どこにいるの?」
(狙いはジェット君か)
「ねぇ、教えてよ」
「それは、できない相談だ」
妻が妊娠したと知ったとき、アレックスは自分の人生は終わったと思った。これからは次の世代のために生きなければならないと、そう確信した。
(そうだ、俺にはまだやるべきことがあるじゃないか)
殴り飛ばされながらも決して放さなかった魔剣の柄を握ると、髑髏が怪しくきらめいた気がした。
「ふぅ、趣味じゃないんだけどな。じゃ、少しずつ切り刻むから、気が変わったら教えてね」
「力を貸してくれ、相棒」
つまらない死に方をするなと、自分を助けて死んでいった男が言っていた。今がその時。アレックスの心にもう一度火が灯った。
『風よ、吹き荒れろ』
暴風がボロボロの家屋諸共エリアスを吹き飛ばした。彼女はまだ一緒に遊んでくれるのかと、うきうきした様子で着地した。
「ようやく本調子だ。かかって来なよ、お嬢さん」
「あは、どうして立つの?勝てないのは分かったんでしょ?」
アレックスは痛む体をほぐすように肩を回して、背筋を大きく反らした。
「んん~~。ま、大人だから、だな」
エリアスは良くわからないと言った顔で、可愛らしく小首をかしげている。アレックスはそれを見て失笑した。
「鷹の団団長、魔剣のアレックス・デルクレール。今日だけ復活だ」




