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神と一緒に落ちたなら  作者: 猿ヶ瀬 黄桃
第一章 もう一つの世界
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第三十四話 灼熱注意報

(殺す、か…)

アレックスは剣の柄をぎゅっと握りしめて、禍々しい魔力を放つ少女を迎え撃とうと気持ちを固めた。

 にっこりと笑うエリアスは、刃渡り三十センチ程の大振りのナイフを生成しつつ今度は走らずに、ゆっくりと間合いを詰める。このほんの十秒足らずの時間が、アレックスにとっては何倍にも思えた。

 リーチで勝るアレックスが勝負を仕掛けた。突きが空を三回貫き、瞬く間にエリアスの間合いにされてしまったが、後退しつつなんとか攻撃を剣で受け流す。

 二振りの刃物が幾度となく空を裂き火花を散らす。懐に潜り込まれまいとするアレックスの足捌きが土煙を上げる。しかし徐々に、才能あふれる冒険者の技術をエリアスは学習しつつあった。

 エリアスは頭を使うことを好まない性格をしている。使う必要があまりない人生を送っていたからだ。そのため、こと戦闘においては殆ど本能に任せている。その殺しの本能がアレックスに対して適応し始めた。

 三分も経過する頃にはもう、土埃は風に吹かれて消え去っていた。アレックスはただ後退しながらナイフを受け流すことしかできなくなっていた。

(悔しいが、これでいい)

しかし、それは彼にとって想定内の事態だった。自分の必殺の一撃が弾かれたとき、既に正攻法では倒せないことを察した。

 だからただ受け流し、後退しているのだ。返す刀はエリアスの顔面や側頭部を狙うばかりで、的の大きい胴体は決して斬りつけなかった。そう、この殺し合いの最中、一度も。

 遂にエリアスは間合いの取り合いを制する。ずい、と半身になって踏み込みアレックスの右目にナイフを突き立てようとした。エリアスの頭蓋骨の中が脳内麻薬で満ち満ち、目の前がパッと明るくなった。

 対するアレックスはこの時を、ハンターのように待ち構えていたのだ。獲物が無防備になる瞬間、勝ったと思い込んだ瞬間を。

 アレックスは身体強化魔法の出力を意識的に跳ね上げ、身を捩った。彼の右頬をナイフが掠めてパックリと割れた。その傷に目もくれず、剣をエリアスの顎の下に突き上げた。脳天まで貫通させる気で攻撃したが、剣先がほんの少し毛細血管を傷つけただけに終わった。しかし、それで十分。

『――飲乾せ』

 エリアスは今日初めて食らった下からの攻撃に少し驚きステップバックし、顎の下の皮膚が薄い部分を触って確かめると、少々の出血が見て取れた。

「あははぁ」

完全に策にハマり、虚を突いた一撃が数か月ぶりに自分の皮膚を裂いた事実に対し、今日はなんていい日なんだろうと、エリアスは思った。

「あれ?」

手に付着した血液が独りでに動き出した。その向かう先は、アレックスの剣に装飾してある髑髏の細工。宙をふよふよと飛んでいく血液の量が、少しずつ増えて行った。

「ん、あ、あれ?」

顎の下を手で押さえても、指の隙間から小川が流れるように血が飛んでいく。その血液を髑髏が飲乾し、アレックスの魔力が少しずつ回復していった。

『光よ』

「あっ!」

目潰しされたエリアスの背中を取り、アレックスは剣を振るったが、獣染みた勘で避けられてしまった。しかし止まらずに何度も剣を振るい続ける。するとほんの少しずつ、エリアスの体から血が滲みだす箇所が増え始めた。流れ出す血液、止まらない剣戟、二つの事を考えなければいけないエリアスのナイフ捌きに隙が生じたのだ。

 エリアスは鍔迫り合いに持ち込んでから蹴りを放ち、無理矢理距離を取った。

「えー、えっと、聖魔の神よ、その加護の片鱗を我が力に変えん。ヒール」

数えるほどしか実戦で使ったことのない回復魔法をたどたどしく唱えると、傷は直ぐに塞がり血液も流れ出なくなった。

 アレックスはこの隙を見逃さなかった。彼女が魔法を唱えることすら計算の上で作戦を立てていたからだ。エリアスがいま最も警戒しているであろうこの魔剣を、思い切り投げつけた。当然エリアスの視線は剣に移る。

『暗転』

姿が認識できなくなる魔法を自分にかけて、エリアスまで一直線に走る。ある程度の魔力を食われる上に戦闘中に発動した場合は目くらまし程度の効果しか発揮しないが、魔力はエリアスの血液を吸収して全快状態になったし、一瞬の隙さえ作れれば御の字だった。

「う!?」

エリアスの股間を蹴り上げ、そのまま脚を振り切った。女だろうと股間は急所だが、それはアレックスの狙いではない。

 蹴り上げられたエリアスは、空中で自分が身動きを取れなくなっていることに気付いた。

 アレックスは右手を掲げ狙いを定めた。かつてワイバーンをも焼き殺した一撃必殺の魔法を、人の形をした化け物に打ち込むために。

『炎よ、貫く全ての命を食らい尽くせ――』

エリアスの背筋がゾクゾクして、下腹の辺りが熱くなった。今日一番の興奮に口角が歪に吊り上がる。ああ、死ぬかもしれない。

「最高ね」

『―――火炎砲』





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