第三十話 鉄道の旅
「――君、ほら、――なよ」
「んあ。あれ、俺は…」
「ほら、そろそろ起きなよ。列車が来るよ」
「何?てか会長?あれ?」
目が覚めたら、俺はなぜかシャルにおんぶされていた。周りを見渡すと、いかにも紳士然とした人が沢山いる。数メートル先の段差の下には鉄と木で出来たレールが、地平線の彼方まで伸びている。ふと、前世での朝の満員電車を思い出した。そうか、ここは駅のホームなのだ。しかし、こっちの世界に列車があることは爺に聞かされていなかったぞ?
「これから、我々ダッチマン商会の一番の収入源である鉱山に向かうよ。ジェット君の仕事についてそこで学んでもらう」
「ああ、そうですか。ふぁ~、それにしても急ですね」
「酔いつぶれていた君の責任さ」
「ぐえ、ばれてら」
「フフ、ジェット君。列車は見たことないだろう?魔法を動力源として人や物を効率的に運搬できる便利な代物さ。ついでにデカくてかっこいいぜ?」
パァーー、と汽笛の音が鳴り響いた。左方向から、前世の電車より二回りは大きい鉄の塊が突入してきた。二十両編成、といったところだろうか。扉も魔法で動くようで、ガシュッと音を立てて横にスライドした。シャルは護衛の男4人を引き連れ、慣れた調子で列車に乗り込む。
「お金はいつ払うんですか?」
「私が列車の開発について一枚噛んでいないと思うかい?当然資金も人も提供したさ。」
シャルが車掌と思わしき壮年の男性に片手をあげ挨拶すると、男性はあたかも上司にするように丁寧に返事をした。
「つまり顔パスってわけだね、特別席もタダさ。片道8万ギラもするんだよ?」
「やっぱ会長は違うわぁ…。天才っすねぇ」
「なんだい、気持ちがこもってないなぁジェット君。もっと褒めてくれてもいいのに」
シャルと会話している間に目にした乗客たちは、特別席という名に相応しい恰好をしている。皆ビジネスマンなのだろう。女性は今のところシャルだけで、子供は俺だけだ。
座席は向かい合わせになっていて、座り心地良好だ。護衛の男性たちは前後に二人ずつ座った。
「君がこれから覚える魔法は何だと思う?ヒントは鉱山で穴を掘る時に使う魔法だよ」
「んー、発破とか?」
「正解。やっぱり良い感覚を持ってるね」
俺の答えに指パッチンをしながら返したついでに、シャルは乗務員のお姉さんにコーヒーを注文したので俺も便乗した。
「コーヒーお二つで1020ギラになります」
「はい」
「丁度お預かり致しました。直ぐにお持ちいたします」
「…ちょっとシャルさん、1020って高すぎませんか?」
「普通は店で頼んでも200ギラそこそこだろうが、ここのは美味しいからね。」
「へぇ、それは楽しみですね」
「さぁてジェット君、鉱山まで3時間はかかるんだ。それまでに爆発の魔法を一つ覚えてもらうよ?」
シャルはポケットから紙とペンを取り出し、魔法で石の机を作った。
「望むところです」
そして護衛の男たちに声を掛けると、消音の魔法と暗転の魔法が唱えられた。これで周りに協会の知識がバレることは無くなった。
「良し。爆発の魔法の基本は炎属性だ。普通の炎との違いは、魔力の消費が継続か、一瞬かの違いだ。」
護衛の男がお姉さんからコーヒーを受け取りこちらに手渡してきた。苦いだけじゃなくいろんな味がした。
「物が急激に燃えると爆発になる、と言う風にざっくり理解しておいてくれ。大量の魔力を一瞬、いやそれ以上のスピードだ。稲妻のように燃やし尽くすイメージだね。周囲の魔力を引っ張り込む魔法陣、そして燃やす魔法陣、後は変数の調整をする魔法陣を書き込む」
「変数?」
「使用する魔力の量、燃やすスピード、爆発の方向。重要なのはこの三つだ。崩落事故を起こさない為に、君はここをコントロールする手加減を覚えなければいけない。」
「それって、僕がやってもいいんですか?」
人の命がかかっているのに、実力も経験もない俺が出しゃばっていいのだろうか。シャルは微笑みながら煙草を取り出した。
「点火。フー、心配はいらない。君は規定の威力の魔法陣を数種類書けるようになってくれればいいからね。どの魔法陣が相応しいかは、現場の従業員が決めることさ」
一通りやるべきことの概要を示したシャルは、窓側のひじ掛けに付いている灰皿に灰を落とした。
「これから君が覚えるのは、鉱山の中で最も硬い岩盤を吹っ飛ばせる爆破魔法陣だ。うちのヤマから採れる物の中でも最高級品である、黒魔鉱石を掘り出す為の、ね」
「そんな物騒な物、五歳児が覚えちゃっても良いんですか?事務所に落書きするかもしれませんよ?」
「ハハハ!残念ながら君の魔力量では発動しないよ。魔鉱石に溜められた大量の魔力を引っ張り出す必要があるのさ。この列車もそうやって動いてる」
「なるほど。点、火。ふぅー」
「ところでジェット君、君どうやって魔法を使ってるんだい?生まれつき使えない筈じゃ?」
「呪文の音を覚えて発音してるだけですよ。正直意味は解ってないんですよね」
生まれつき魔法を使う者達は、一度魔法が発動すれば脳にイメージが浮かぶらしい。どの音に何の意味があるか、どうやって使えばいいかが解るんだそうだ。ところがどっこい俺には才能が無い。ネイティブの発音を四苦八苦してコピーしているだけで、詠唱が長い魔法はまず使えない。ほったいもいじったな、でおなじみの某万次郎氏を魔法文字でやっているようなものだ。
「なるほど、面白いねそれ。ということはアラドヴァルのやつ、アルバーンさんの教えから逃げ出したな?」
煙を吹き出しながら悪態をつくシャルリーン。
「父親は、どういう人だったんですか?」
「あいつは、私の父が会長だった時に冒険者をやっていたんだ。ウチのギルドでね。ルールは破るしギャンブルすれば負ける。実力はあったんだがね、あのやんちゃ小僧には何度煮え湯を飲まされたことか…」
父親の話になると、シャルはまたもや何度も灰皿に煙草を押し付け始めた。
「あー、この話は止め!さぁ、魔法陣の練習開始だ!」
「ほーい」
五歳児と見た目二十台中盤の女性がコーヒーを飲みながら、時折煙草をふかして魔法陣とにらめっこしているこの状況は中々面白い絵面に違いない。練習開始から二時間ほど経過した今、ふとそんなとりとめのない事を考えた。
「よーし、取り合えず一枚完成ですね」
「吞み込みが速いねぇジェット君。きっと発動するよ、それ」
シャルからお墨付きを貰って俺は上機嫌に窓の外を見た。だだっ広い平野の中に黒い点が見える。なんだあれは。錯覚だろうか、少しずつ大きくなっている気がする。
「シャルさん、あれ…」
「ん、気にすることないよ。ただのヘルホーンだね」
耳を澄ませると、ドカ、ドカ、ドカと蹄が土をえぐり蹴飛ばす音が聞こえて来た。いくつにも枝分かれした巨大な角を列車に向け、黒褐色の鬣をなびかせて猛然と突っ込んでくるそいつの体高は、優に列車を上回っていた。
「う、うっそぉ。鹿?トナカイ?シャルさんヤバいっすよ!」
「心配いらないよ、対策はバッチリさ」
「信用ならねぇ!」
「なんだいその言い草は!」




