第二十五話 混乱
「ジェット君、外開きなんだ、この扉。今ので完璧に壊れてしまったよ」
馬鹿になった蝶番に、扉がギリギリのところでしがみついている。
「おい、あの女はなんなんだよ」
シャルリーンはちらりと俺を見ただけで、机に向かって何かを書き続けている。
「ローザが、なにか粗相をしたのかな?」
「この国ではあいつみたいな奴が普通なのか?」
「…魔力を引っ込めてくれ、ジェット君。周りを見なよ」
「なにが…ああ」
本棚にもたれかかって震えている若い女性がいることに、今初めて気付いた。無意識の内に魔力を全開にしてしまったみたいだ。
「ふぅーー…悪かった」
「さて、よいしょっと…一体何がどうなったら、可愛いジェット君がこんな風になってしまうのかな?」
シャルリーンはこちらに歩いて来る途中に、震えている女性に声をかけた。しかし彼女はそれに気づいていない様子で、ブツブツと何か呟き続けている。それを聞いたシャルリーンは微笑んだ。
「化け物、だって。同感だね」
「だから、悪かったって…」
魔力を引っ込めたらどっと疲れが押し寄せて来た。最悪の気分だ。とにかく、彼女に謝ろう。
「あの、すみませ」「あ、あ、ああ」
「ジェット君止めてくれ。それ以上は失禁ものだよ」
シャルリーンはくつくつと笑いながらやんわり俺を制止すると、手でソファーに座るよう促した。
「なんていうか、シャルさん。スラムの人を差別するのは、常識なんですか?」
「ああ、なんとなく状況は判ったよ。君の言う通りだね。ローザは良くも悪くも忠実な子なんだ。許してやって欲しい」
「そう、ですか」
まぁ、普通そうだよな。治安は悪いし、汚いし、普通差別されるよな。そんなことは分かっていた筈なのに、どうしても自分を抑えられなかった。
「ローザの父親は、スラム出身の男と仕事で揉めてね。喧嘩になって殺されたんだ」
「え…」
「無茶な契約内容を押し付けたのは彼の方だったし、先に手を出したのも彼だった。でも殺されたことには変わりない」
「そんなの、手ぇ出した方が悪いでしょ」
「それは君、部外者だからね。どうとでも言えるさ」
「……まぁ、そうっすね」
シャルはテーブルの上の煙草を使ってペン回しを始めた。
「単純な好奇心で聞くけど、なんでそんなに怒ってしまったの?」
「彼らが自分に、似てるような気がして」
「ふぅん。この時間帯だと、君はジョセフのグループと会ったんだね?」
「はい」
「…ま、言わんとすることは分かるよ」
「ほんとに?」
「うん、私はね、魔力を見れば大体の人となりが分かるんだ」
ま、経験だね。そう言うとシャルは立ち上がり、煙草を咥えて女性を抱き上げ、部屋の外まで持って行った。事が済んで、ライターで火を付ける様に指パッチンをしたら、彼女の煙草に火が付いた。どういう魔法だろうか。
「君、煙草好きだろ?」
「五歳ですよ」
「フフ、これは薬草で出来てるから大丈夫だよ、ほら」
シャルの吸いかけを目の前に差し出された。
「……頂きます」
俺が煙草を吸っている姿を見て、シャルは声を出して笑っている。本当に愉快そうだ。
五年ぶりの煙草は甘くて、少しだけメンソール感があった。結構旨いなこれ。
「いやぁ、フフフ、笑った笑った――あれ?」
「どうかしました?」
「ジェット君、少し魔力を出してくれないか?」
「え?まぁ、はい」
さっきまで大笑いしていたのに急に真顔になって、不気味な人だな。
「あー、ジェット君のお父さんって有名人だったりしない?」
「さぁ…知りませんけど、父親は馬鹿垂れだって学長が――」
「アラドヴァルか」
急に冷徹な声に変わった。中年男性を蹴り飛ばしたときよりも一段と冷たい。
「そうなんだね」
俺の顔をずいっと覗き込んできた。問い詰めるときの癖なんだろう、正直怖い。
「な、名前は、そうだって聞いてます」
「煙草返して」
後1㎝程度しか残っていない煙草が奪い取られた。まさか親父に何か恨みでもあるのだろうか。借金を踏み倒されたとか。
「フー、学長も人が悪いなぁ、教えてくれたっていいのに、ねぇ?」
「そ、そうですか?ははは」
口角は上がっているが、目が笑っていない。
「そうかぁ、アレの息子か」
灰皿に煙草を押し付けた。ぐりぐりと、必要以上に何度も。
「アレとは私の父親が現役だった頃からの付き合いでね。このところ消息不明だと聞いていたが、いや、なるほどシュヴァルツェンバッハか!本当に馬鹿だな!」
吐き捨てる様に言うと、シャルは少し乱暴に煙草を取って、また吸い出した。眉間にしわを寄せて顔を手で覆っている。
「申し訳ない、少し取り乱した。ローザには私からも言っておく。君も、もう怒ってないんだろ?仲直りは勝手にしてくれ」
指の隙間から俺を睨んで言った。なんだかわからないが、俺の父親のせいで不愉快な気分にさせてしまったようだ。
「あの、ごめんなさい、シャルさん」
「う…君は母親似だな…」
シャルは煙草を咥えたままこちらに歩いてきて俺を抱き上げた。なんだって言うんだ。
「君はアラドヴァルとは違うものね、ね?」
「はい、違います」
「よろしい」
ここは素直に頭を撫で回されていよう。その方が良い気がする。
すると、蹴り壊した扉からノックの音がした。律儀なことだ。
「ええ、と、これはどういった…」
「やあローザ、ジェット君が怒ってその扉を蹴り壊してしまったんだよ?」
「ああ!本当に申し訳ございません!」
―キャア、人が倒れているわ!―おいおい、この子化け物としか喋らないぞ?
「感情的になり過ぎました、どうかご容赦下さい!」
―あー漏らしちまってるよ、だれか布持って来てくれ
「ジェット君、謝ってるよ、どーするのさ」
「も、もう、勘弁して下さい…」
母さん、助けて下さい。
評価して頂いてありがとうございます。モチベーションが上がります。モチベーションが上がればジェット君がもっと活躍するかもしれません。




