第二十三話 人、人、人
「ごめんよ、ちょっとからかっただけさ」
爺の紹介で俺は今ここにいる。つまりはこの女は俺の名前ぐらい知ってるだろうし、なんなら俺も知らない重大な事を爺に聞かされている可能性もある。
「…いやぁ、もう、勘弁してくださいよ~」
「ふふふ、目が笑ってないぞ?」
ちっ、やっぱばれてるよな。慣れない環境に突如放り出されて、結構ピリピリしてしまっているみたいだな。
「じゃ、あたしもう戻りますね」
ピンク髪の少女が我関せず、といった雰囲気で階段を降りて行った。彼女、悪い子じゃないんだろうけど、なんだか一緒にいて気まずいんだよな。この数分だけでシャルリーンはまともな人間じゃないのが判明したが、むしろこの性悪女の方が気が楽だ。
「あの子、クールだろ?でもあまり感情を表に出さないものだから、私はちょっと苦手なんだ」
気が合ってしまった。喜ばしくない。
「ああ、そうですか」
「ジェット君、ちょっとごめんね」
シャルリーンに抱き上げられて、柵越しにしか見えなかった一階が、彼女と同じ目線で見渡せるようになった。いかにも文官と言った風体の男から、重そうな木箱を運ぶ労働者、紙束を持って忙しそうに走っている女性。
「たくさんの人を雇っているんですね」
「ああ。我が商会は魔法陣の作成・販売、運輸業、冒険者への出資など、多くの事業に手を広げているんだ」
「んで、俺は何したら良いんですか?カイチョーさん」
「私のことはシャルと呼んでくれ。会長じゃあ、堅苦しい」
「分かりました」
「…君は、ミーナとは違った方向性で扱い辛いな。でも苦手じゃないよ?むしろ好きな扱い辛さだ」
あの子ミーナって言うんだな。しかし、こいつに好きって言われてもあんまりうれしくないな。
「君、綺麗な赤色の髪をしているね、よしよし。さて、君はその年にしては頭が良いようだね。働かざる者食うべからずというのを理解しているようだし、彼から魔法への情熱だけは悪くないと聞かされている」
学長、俺の長所はガッツだけですか?
「私に頭を撫でられるという役目を与えても良いが、それだと君の社会勉強にならない。君には魔法陣の制作を手伝ってもらうよ。そして空いた時間に私が魔法を教える。ついでに戦闘もね。」
しかも協会仕込みの本格派だ、良い条件だろ?彼女はそう付け加えると、俺を床に下した。
「ついてきたまえ。この建物の見取り図を見せるよ」
「はい」
扉がぶち破られて空きっぱなしになった部屋は、彼女の執務室だったようだ。シャルは部屋の奥にある大きな机の引き出しから80㎝四方ほどの紙を取り出し、部屋の中央に置いてあるテーブルの上に置いた。さっき蹴飛ばされた男性とはこのテーブルで向かい合って話していたのだろう。高級そうな煙草が5本入ったケース、湯気の出ていないコーヒーと灰が入っていない灰皿が、一つずつ置いてある。ふかふかの良いソファーに腰掛けたが、そうするとテーブルまでの距離が遠すぎるのでやっぱり立って見取り図を見ることにした。
シャルはそんな俺の動作を微笑ましい物を見る目でちらりと見ると、見取り図の解説を始めた。
「基本的には全ての部屋が仕事場になっているので、見て面白いことは無いだろう。一階から順に運輸と鉱山関係、そして――」
「――私は大体この執務室に居る。君は事務所の裏にある小さな宿舎に住んで貰う。一階の一番端の部屋だ。」
「――君に割り振る魔法関係の仕事、及び魔法の勉強に関しての諸々の情報は、追って君に連絡する。身の回りのことについては、家政婦を一人つけてあげるから心配はいらないよ。さて、説明はこんなところで十分かな」
「はい、ありがとうございました」
「うん」
見取り図を折りたたんで元の引き出しに戻そうとしていたシャルが、急にこちらに振り返った。
「ジェット君、今の説明でわかったの?」
「あ、はい。大体は」
「ふーん。そうか、よし」
引き出しを閉じた彼女は不敵な笑みを浮かべている。しまったな、もう少し分からないふりをすれば良かった。爺の知人だからって油断しすぎた。いや、中途半端な演技で余計に不審がられるよりかはましか。
「最後にジェット君、彼からも聞かされているだろうが、あの約束を覚えているかな」
「もちろんです」
「魔法協会に関する事柄は、協会員以外に口外してはならない。」
不敵な笑みをさらに深めると、彼女は俺に背を向けて、窓の外を眺め出した。
「ふふ、堂に入っているじゃないか。もう行っていいよ」
「じゃあ、失礼します」
魔法協会のルールを暗唱する練習は爺にしこたまやらされた。そして抜かりなく、爺は協会の事を他言できないよう、魔法を俺にかけている。と言っても、この魔法は絶対ではないらしい。自分の名前が言えなくなる方は、俺の脳から出る信号に反応して発動するからほぼ確実に働く。しかし、他人を協会員かどうか判別するのは俺の認識にかかっている。相手が何らかの理由で嘘をついていた場合に備えて、まず自分のことは喋らない様に言われてある。ダッチマン商会に所属する者でも協会員は十数名しかいないらしく、とにかく素性の知らない相手を警戒しろということだ。
なぜここまで魔法協会は隠されているのか。これは俺が正式な協会員になったら教えてくれると爺が言っていた。知ることだけで危険、ということだろうか。まったくスパイ映画みたいで困ったものだ。
さっき登った階段を降りて事務所の裏手に回ったら、すぐに宿舎を見つけた。一階の一番端っこの部屋、ここが俺の新たな住居か。
「あら、あなたがジェット坊ちゃんですか?」
「うお!?」
いつの間にか俺の右隣に女性が立っていた。気配が全くしなかった。
「驚かせてしまってすいません。私はこれからジェット坊ちゃんの家政婦を務めさせていただきます、ローザ・ラランです。どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、お世話になります、ジェット・アルバーンです」
「まぁ、丁寧な言葉遣いですね。さぁ、お部屋の中に入りましょうか」
「あ、はい」
金髪を一つ結びにして丸眼鏡をかけている、温和そうな表情をした女性だ。しかし、家政婦と言う割には無駄な贅肉が無い引き締まった体型をしている。姿勢も良い、丸眼鏡は鋭い目つきをごまかすための物だろうか。
「ジェット坊ちゃま、私は協会の魔法使いなので、どうか肩の力を抜いてくださいね?」
「いやぁ、はは。知らない人がいっぱいで、僕疲れちゃったかなぁ」
「もう、そんなに気を遣わないで下さいね?私は家政婦なんですから」
あんたのどこが家政婦だ!なるべく内心を悟られなようにポーカーフェイスを意識しているが、ローザさんは俺の精神状態を速攻で見抜いてきやがる。家政婦はシャルリーンに言われたからやっているだけで、どう考えても本業はマトモじゃないだろうな。
「坊ちゃま、お腹は減っていませんか?良ければなにかお作りしますよ?」
なんかその坊ちゃまも違和感あるぞ。
「はい、嫌いな物とかないので、なんか適当にお願いします」
「承りました!」
素敵な笑顔を向けられたので、取り合えず愛想笑いで返しておいた。
廊下を真っすぐ進んだ先がリビングルームになっており、入るや否やローザさんはキッチンで料理を作り出した。結構広々とした作りで、四人掛けのテーブルしか家具が無く生活感が無い感じだ。
取りあえずバックパックを下し椅子に座って待っていると、彼女が大きいマグカップにコーヒーを注いで持って来てくれた。
「どうも」
「いえいえ」
こういう気が利くところは家政婦っぽいな。いやしかし、ちょっと風に当たりたい気分だ。ダッチマン商会に来てからまだ一時間といったところだが、密度が物凄い。変わった人しかいないっていうのが、きっと一番の問題だ。
「ローザさん、ちょっと外の空気吸ってきます」
「あら、おひとりで大丈夫ですか?」
「ちょっとだけです。大丈夫ですよ」
「お気をつけて。そこの扉からも外に出られますよ」
「ああ、ありがとうございます」
彼女はリビングの奥にある小さな扉を指さした。マグを片手に持ってそこから外に出ると、少し潮の匂いがした。眼前には大きな川が広がっている。ここからだと対岸が見えないほどだ。だだっ広い舗装された地面にダッチマン商会の船着き場と倉庫が建っている。ここからの距離は大体100m。
扉の先の3段しかない石の階段に腰かけ、コーヒーを一口飲んだ。少し酸っぱい、フルーティーな風味が晴天と相まって、俺の心を楽にしてくれた。
「にゃお」
あ、野良猫だ。マグを落とさない様に気を付けて近寄ってみたら、逃げる様子が無いので頭を撫でた。黒猫は不吉の象徴だと言うが、喉をゴロゴロ鳴らしているこいつがそうだとは到底思えない。
「あっ」
急に船着き場の方に歩き出してしまったが、時折立ち止まり俺の方を振り返っている。ついて来いということだろうか、黒猫さんよ。
「にゃー」
これで猫が振り返ったのは5度目だが、まだ進むのか?屈強な男たちが船から積み荷を降ろしているのがはっきり見える距離まで来てしまった。
「悪いな、そろそろ戻らなきゃいけないんだ」
話しかけたら、黒猫は首をかしげて走り去ってしまった。猫はやっぱり気まぐれだ。
「おい坊主、見ねぇ顔だな」
「え?」
振り返ると、そこには屈強な大男が3人いた。猫はこいつらを見て逃げたに違いない。
「ここはガキの遊ぶところじゃねぇぞ」
「おいジョセフ、あんまり脅かすとションベンもらしちまうぜこのガキ」
「ガハハ!おいガキ、オメェ貴族かなんかか?いい服着てんじゃねぇか」
不吉の象徴か。迷信ってバカにならないみたいだな。




