第十九話 食って、吐いて
「母さんが酒と煙草やってるとこ、そういえば初めてみたな。昔は好きだったの?」
「特別好きなわけではないな。ただ昔はそれが当たり前だっただけだ」
「ふーん」
肉の焼ける匂い。それだけでいつもとは質が違うことが分かる。心なしか音についてもそう感じる。きっと脂の質とか量の関係なんだろうな。
「何の動物の肉?」
「緑猪だ。店で食おうとしたら給料の十分の一は持っていかれるな」
「へー、その給料はいくらぐらいだったの?」
母さんは顎に手をやり、うーんと軽く唸った。
「一番貰っていたときは年に6800万アレルだったかな」
「ええ、ホント!?」
「なに、緑猪は一頭まるまるでも300万ぐらいだ」
十分の一っていうのはもっと若い頃の話だったな、と付け足し笑みを浮かべる母さん。やっぱりただ者じゃないな、この人は。
「さ、焼けた。食おうか」
前世じゃステーキハウスに行くことはなかったけど、運ばれてきたステーキからは結構な重量感を覚える。300gぐらいだろうか、唾液が口内にあふれ出てきた。
ウェルダンに焼かれた肉は、山を駆け回る猪のそれとは思えないほど柔らかく、ナイフがすんなり入っていく。断面からじんわりとあふれ出てきた油が宝石のような輝きを放っている。
咀嚼、咀嚼、嚥下。
「うめぇ」
「だろ?」
それしかいう言葉が見つからない。口に残り過ぎない脂、野生を感じる力強い旨味が、高い金を出す理由を俺に解らせた。
しばらく食に集中し、ふと母さんを見やると、俺より一回り大きい肉が4枚あった筈がもう皿の上に1枚しかない。俺も負けじと食らいつく。
ものの十数分で食べ終わってしまったが、かけた時間よりも満たされる良い食事だった。山に、緑猪に、母さんに感謝だ。
「コーヒー飲むか?」
「頂きます」
しばらくコーヒーブレイクを満喫したら、俺は母さんに礼を言って爺の部屋に向かう。筋肉痛をかみしめながら階段の右横にある部屋に到着した。ノックを二度してから「ジェットでーす」と言ったら、すぐさまドアが開かれた。外開きなので慌てて飛びのいた。
「二階に向かう」
「あ、はい」
俺と母さんは入ることを禁じられている筈だが、取り合えず爺の後にくっついて行こう。
「小僧、貴様は本当の意味で魔眼に目覚めたわけではない。分かっているな?」
「はい、わかってます」
大きな石板から二手に分かれている階段を右に曲がった。
「よろしい」
そう、俺の魔眼はまがい物。本来なら何も意識しなくても魔力は見えるものなのだ。しかし俺はちょっと集中しないと見えもしない。
ガチャリとドアが開かれた。
長年使われていないと思われるこの一室だが、爺の魔法のおかげで埃っぽさは無かった。ここはどうやら教室な様で、机が三個ずつ三列に置かれている。黒板の前の教壇に爺が立った。
「さて小僧、今の貴様にできる魔力の操作は、目に集めることが精一杯と見た」
その通り。正面の机に着席して俺は頷いた。
「この状態で習得可能な魔法の技術は、魔法陣が関の山だ。」
「うす」
来た。待ちに待った魔法だ。確かに魔法陣なら見えて書ければいい、うってつけだ。
「引き出しを開けるのだ」
開けたら、いつぞやのガラスペンが入っていた。
「今度は魔力を込めて息を吹き込め」
魔力を操作する感覚は、体の内側、奥底にあるエネルギーの塊を、目的の部位まで引っ張っていくような感じだ。かなり大雑把だが、胸の周りに魔力を集め、ガラスペンの持ち手を口に咥えた。
「ふぅーー!!」
どうだ、結構集中したぞ?上手くいったんじゃないか?期待と共にペン先を覗き込むと、薄ーく、橙色の魔力が溜まっている様に、見えなくもない。
「・・・これ、書けますかね」「やり直しだ」
やけに食い気味だな、畜生め。
「自分の息に魔素を乗せる感覚で吐くのだ。儂の手本をよく見ておけ」
「おす」
爺は懐からペンを取り出すと、息を吸い込んだ。空気が肺に溜まると同時に魔力が充満していく。そして持ち手を口に咥えると、まるで埃でも吹き飛ばす様に軽く息を吐いた。それだけで肺に溜まった魔力がペン先に流れ込み、金色に輝いて見える。
良し、イメージは何となく分かった。胸いっぱいに魔力を溜めて、魔素を吐き出す!
「ふぅーー!どうだ!?」
「駄目だ」
「畜生!!」




