第十八話 大人の思惑
「読める、読めるぞお!」
今まで読み飛ばしていた、魔法理論初級編のページ。昨日までの俺には文字とも認識できなかったが、そこには呪文が書いてある。
「ジェット、水だ」
「ああ、ありがとう母さん」
ベットに座る俺にコップを渡すと、母さんはどっかりと椅子に座った。なにやら複雑そうな表情をしている。
「なぁ、その。身体は大丈夫なのか?」
「ん~、めちゃくちゃ筋肉痛だけど、まぁ本読むのに支障はないかな」
彼女はそうかと返事をすると、ぐっとコップの中の物を飲んだ。
「それ、中身何?」
「ん?まぁ、なんだ、大人の飲み物だ」
ああ、酒ね。しかし、今まで母さんが飲んでいるところは見たことが無い。どういう心境の変化だ?
それになんだか歯切れが悪い。俺が魔眼に目覚めた時のことを気にしているのだろうか。確かにあの時俺は完璧にブチ切れた。しかし、あの棒を殴ってからは記憶があやふやなのだ。
俺は本を閉じた。
「母さん、その、昨日の事だけど」
「・・・なんだ」
「目が覚めたら魔力が分かる様になってて、テンション上がって聞いてなかったけど、昨日のアレはどういう風の吹き回し?ていうか俺、テンパってなんか変な事してなかったかな?」
母さんはコップを置き、俺の方に向き直った。肘を太ももにおき、手を足の間に垂らしている。
「・・・ああ。ちょっと、森で嫌なものを見てな。なに、母さんなら大抵のやつはやっつけて見せるが、それが少々手強そうでな・・・」
母さんは、手を組んで親指をトン、トンと合わせている。隠さなければいけない理由があるのだろうか。詮索は好きじゃない質だが、今回ばかりは理由を知っておいた方が良いだろう。
「ああ、そうだ。奴等は強そうなんで、ジェットにも手伝ってもらおうと思ってな!それで強くなってもらう必要があったわけだ!」
「酔ってんの?」
「ハハハ。まぁ、お前には通用しないよな、流石に」
少し自嘲的だ。俺は視界に彼女を捉えつつ、水を飲む。怒っているわけではない。ただ、ここはなぁなぁにできないと感じただけだ。
「なぁジェット、世の中はな、でっかい冗談みたいなものなんだ。いつ死ぬかもわからないし、気付いたら殺す側にいることもある。私は何も知らない子供の頃に、良くないことの片棒を担がされた」
「弱かったからだ。いや、違うな。物を知らなかったからだな。馬鹿だった」
母さんはコップを掴み、そして彼女の青い瞳は水面を覗きだした。俺には見えない何かが映っているのだろう。
「ジェット、お前にはそうあってほしくない。昨日のアレは、そう、ただの親バカだよ。」
それにしちゃあ、複雑な思惑やらを強く感じるぜ。
「ありがとう、母さん」
「礼は良いんだ。言ったろ、親バカだ」
「じゃあコップの中の物ちょっと舐めさせてよ」
「なんでじゃあになるんだ。意味がつながってないだろうが」
二人で小さく笑いあった。良し、これで一件落着だ。現実的には何も落着していない。しかし、俺にもうわだかまりはない。だから今はこれでいいんだ。
すると、ノックの音と共に聞きなれたぶっきらぼうな声が聞こえた。
「入るぞ」
つかつかと部屋に入ってきた爺に母さんは椅子を譲ろうとするが、彼はそれを手で制し、俺をじっと見つめ出した。
「小僧、儂の魔力が見えるか?」
「え~っと、金色ですね」
「・・・食事はとったのか?」
「まだです」
「ふむ、では食事の後に儂の部屋に来い」
「あ、はい」
いつも通り、言い終わるとさっさと部屋を出て行ってしまった。彼は平常運転だな。
「そうだジェット、良い肉を狩って来たんだ」
「お、やったね」
二人そろって立ち上がり、厨房へ向かう。すると、母さんがなにやらポケットをごそごそやるのが見えた。なんだろう、やけに既視感がある動きだな。
取り出したのは銀色のケース。手のひらよりも少し大きい程度で、年季が入っているが良く手入れされているのが伺える。
「ファイア・・・・・・フーー・・・」
ケースの中からは、見慣れた細長い棒がつまみ出された。彼女はそれに魔法で火をつけると、美味そうに吸い出した。
「あ、あ、あ」
「なんだ?ジェット」
「それ、それ」
「ああ、煙草が珍しかったのか」
「く、くださ「ダメだ」・・・ですよねぇ」




