第十七話 生
ジェットのこめかみに目掛けて迫る銀色の暴力。それを眺めながら、彼自身は今までの人生を思い返していた。中途半端に悪い環境で生まれ、何者にもなれずに居なくなった。覚えたことは無力感だけだった。それがどうだろう、生まれ変わってからは幸せだった。仮初かもしれないが優しい母と気難しい師匠に恵まれ、明日を楽しみにベットに潜る日々を味わうことが出来た。
(そうか、俺は幸せだったんだ)
そう自覚したら、体の震えは止まった。次にあふれた感情は、怒りだった。
運が悪かった。しょうがない。そう思えば自分の人生が無価値でも無感情でやり過ごすことが出来たのだ。しかし彼は今、生きる喜びを知りつつあるのだ。怒りとは、生きるための感情だ。死の淵に立たされ極限状態になった彼の脳内は、今まで鬱積していた感情で塗りつぶされている。
「なんで」
もう無垢は頭から拳一つ分の距離まで来ている。
「どうして俺が」
ジェットは怒りを右手に握りしめる。
「ふざけやがってよぉぉぉお!!!」
全力で無垢に拳を叩きつけた。ゴン、と金属を殴りつけた音が城内に反響する。
寸止めするために速度が落とされていたにしても、高速で振るわれる金属の棒を殴ったのだ。普通なら拳が使い物にならなくなる。
しかし、ジェットの拳は無傷だった。
「ジェット!お前・・・!!」
うつむいたまま荒く呼吸を繰り返すだけで、母の呼びかけはまるで聞こえていない。彼は今、生き残ることしか頭にない。
「クソが、クソが、クソが・・・クソが!!!」
母親ではなく、敵に向かって飛び掛かり、顎に目掛けて足を振り上げる。寸でのところで頭を傾げ回避したが、彼女の頬に赤い線が走った。
「おらぁ!」
振り上げた足でそのまま踵落としを狙うも、彼女は飛び退いた。
「落ち着け!もう大丈夫だ!」
「ハァ、ハァ・・・」
暗い橙色の魔力を迸らせながら、ジェットは一歩一歩近づく。敵に向かって。
「インパクト」
「がッッ!!!」
母は手を翳し、魔法を唱えた。基礎的な、ただ衝撃波を作るだけの魔法。しかしそれだけで今のジェットには十分だった。床に叩きつけられ、脳震盪を起こした。
「うぐ、あ、ちく、しょ」
無意識だった。定まらぬ視界の中、両手の指の腹を合わせた。そしてゆっくりと、なにかの封を開けるように、それをずらし始める。指の腹がずれるほどに、どす黒い魔力が溢れてくる。どろりとこぼれたそれを見て、母は戦慄した。見てはいけない、触れてはいけない何かを感じ取った。
『地獄の檻を「まずい!インパクト!」ぐあ・・・!』
ぱたり。腕が落ちた。
「・・・・・・アルバーン様・・・、い、今のは?」
アルバーンは、遠い昔を眺めるように、眉間にしわを寄せてジェットを睨んでいる。
「アルバーン様!」
「奴の、小僧の血の力だ。」
そう聞いた彼女は、自分の頬を触った。指先に血がついていた。
「案ずるな。血族の力には発動条件がある。そして小僧はそれを満たしていない。」
意識のないジェットの体を洗い、ベッドに寝かせても、母の不安は立ち消えることは無かった。消毒のため持ち歩いている蒸留酒を呷っても、同じことだった。




