第十三話 牢獄の住人
「準備できました、学長!」
「そう気張らずとも良い」
水筒と尖塔からかっぱらってきたナイフ、お菓子は無いので干し肉とパンをリュックに詰め、俺は学長に敬礼をする。
気張るなと言われたって、行先は牢獄だぜ?それに交通手段は恐らく徒歩だ。元気は有り余っていて丁度良いだろう。
「うし、行きますか!」
正面玄関に向けて歩き出そうとした俺の服が、爺に掴まれた。
「どしたんすか?」
爺が大階段の中腹にある石板を指さす。
まさか、ボケてしまったのか?いや彼に限ってそんなことは・・・
「ふん、黙って付いて来い」
爺はやや不満げに鼻を吹くと階段に向かってつかつか歩き出す。考えが顔に出ていただろうか。俺は彼の後を追いかける。
石板の手前まで階段を登ると、爺は電話帳から番号を探すように人差し指を動かし、あるところでピタリと止めた。そして石板まで歩み寄り、目当ての文字列を右から左へとその指でなぞった。
「小僧、儂の体のどこかに掴まれ」
「は、はい!」
取りあえず爺の腰に抱き付いた。
まさか、瞬間移動か・・・!?爺が直ぐに着くと言っていたのは、距離が近いからじゃなかったのか!
「蠎ァ讓吶?√お繝ウ繝?Ν縺ョ螻ア蟆丞ア」
「ここは・・・」
気付けば俺と爺は真っ暗闇の中に立っていた。
「捨てられし牢獄の地下牢だ」
爺はそう言うと、手のひらに炎を発生させ、辺りを照らしてくれた。
暖かな光が俺に見せたのは、鉄格子と人骨。どうやら牢屋の中に瞬間移動したようだ。
「うっ」
思わず後ずさりしてしまう。爺は怖気づく俺を差し置いて、牢屋の鍵を魔法で開けた。
「行くぞ。奴はもっと地下深くに居る」
「・・・はい」
二人分の足音だけが響く廊下を爺の後を追って進む。左右を見渡してみたが、気分が悪くなったので止めた。
暫く進むと、地下へつながる螺旋階段に突き当たった。爺は事も無げに下りていくが、俺はどうにも気が進まなくなってきた。しかし、怖いもの見たさと置いて行かれる恐怖が俺の足を前へ進ませる。
随分と長く階段を下った先には、五つの牢屋があった。左右に2つずつ、正面に一つ。
今度は、誰かの呼吸音が聞こえる。
「ッ!!」
俺は息をのんだ。こんな環境で数十年間生きられるとは、信じ難いことだ。
爺は迷いなく正面の牢屋に向かって歩き出す。
「生きておったか、イェスパー」
牢の住人から返答はなく、ただゆっくりと規則的な呼吸が聞こえるだけだ。
「目覚めよ、来客だ」
爺はそう言うと、鉄格子を殴りつけた。ガァーンという音が大音量で鳴り響いた。
(うるせっ)
思わず耳を塞いでしまう。すると、炎が牢の奥に向かってふわふわと飛んで行った。
ついに、見られるのだ。この地獄の環境で生き残り、爺に誰よりも強いと言わしめた男の姿が。
「ン・・・・・・アル、かい?」
爺の旧友というには若々しい、優しく落ち着いた声が聞こえた。
イェスパーと呼ばれたその男は、丈の長いぼろ切れの様な服を着ている。布に覆われていない手や足の皮膚の色は、緑色。俺より少しばかり大きいだけの体躯に似つかわしくない、太い鎖で両手を壁に繋がれ、壁際に座り込んでいた。
イェスパーは、うつむいていた顔を持ち上げる。
「ああ、嬉しいねぇ。もう80年は、ここに一人繋がれていたよ・・・」
鬼のように尖った、長い耳。しわだらけなのに、少年のような顔。頭髪はまばらに生えるだけで、目の色はやや濁った黄色。
「君は・・・アルの孫ではないねぇ・・・。名前を、聞かせてくれるかい?」
薄っすらと上がった口角からは尖った犬歯が覗く。
「ジェット、です」
「うん。良い名だ。・・・ああ、これは失礼。僕の名前は、イェスパー=ギルミルだよ、どうぞよろしく」
「あ、よろしくお願いします」
俺は急いで頭を下げる。この人の身体的特徴からすると、きっとゴブリン族だ。ほとんど絶滅したと爺には聞かされていたが、まさかこんなところでお目にかかれるとは。
「して、イェスパーよ。この小僧は貴様に頼みがあって訪れたのだ」
「フッ、クククク・・・」
イェスパーさんは、肩を揺らして笑いだす。
「ああ、君の単刀直入さが、懐かしくてね。申し訳ない」
イェスパーさんは、俺と目を合わせる。
「ジェット君、この繋がれた身にできることならば、なんでも言ってくれよ」
す、すごく頼み辛い。この状況で戦い方を教えてくださいとは、とてもじゃないけど言えない。しかし、俺が連れて行けと言ったのだ、言わなければ。
「僕に、その・・・戦い方を、教えて頂きたくてですね・・・」
なんか迂遠な言い方になってしまった。逆に失礼になってしまっただろうか。
イェスパーさんがうつむいてしまった。や、やば、怒られるかな・・・。
「う、ふふふ、クク、あはははははは!!!」
腹を抱えて笑っている。それと共に鎖がギャリギャリと大きな音を立てる。な、何がおかしいのだろう。俺みたいなチビが生意気なことを言ったからだろうか。
「はー、君は小さいのに慇懃な喋り方をするねぇ。いや、大きな声を出して悪かったね」
俺に謝ると、彼は大きな鎖を引きずりながら目じりの涙を拭いた。
「僕は見ての通り、とても時間を持て余しているんだ。君を見てあげよう」
「ありがとうございます・・・」
良かった、引き受けてもらえそうだ。笑っていたのは俺の喋り方が面白かったからかな。少なくとも機嫌は損ねていないらしい。
「少々、大きな音を立てるよ」
そう言うと彼は徐に立ち上がり、太い鎖をいとも簡単に引きちぎった。
続けて両手に嵌められた手枷をぶつけ合わせ、粉々に砕いた。
地下牢に、轟音が反響する。
彼を見た時に筋骨隆々という様な印象は抱かなかった。ならばこれも、魔法の力だろうか。
俺は驚き、呆然と立ち尽くしてしまう。
「やはり、ここからは出られんようだな」
爺が言う。それならなんで俺を連れて来たんだ。稽古をつけてもらえないじゃないか、やっぱりボケて・・・いや、ま、まさか。
「うん、やはり君は聡いね、アル。ジェット君、僕がこの牢の外に出ると少々厄介なことになってしまうんだ。しかし、牢の中に他人が入るのは問題が無いのさ・・・」
ということは・・・。
「稽古をしたいとき、いつでもここに来るが良いよ」
骸骨の転がる真っ暗闇の地下牢が、どうやら俺の道場になるようだ。
「ところで、何か食べ物を持っていないかい?久々に食事をとりたくてねぇ」
ぽきりぽきりと関節から音を立てながら、イェスパーさんは俺と爺の方に歩いてくる。
「ああ、パンと干し肉ならありますよ、あと水も!」
俺は急いでバックパックをおろし、中身を取り出す。
爺がまた鍵を開ける呪文を唱えた。
「おお、ありがとう、ジェット君。いやはや、君の様な幼子に恵んでもらう日が来ようとはね」
イェスパーさんは、申し訳なさと嬉しさが入り混じったような笑みを浮かべた。
牢屋の中に俺と爺が入っていく。
「いっぱいあるんで、大丈夫です。授業料ってことで」
「ははは、いい子だ」
「儂が調達したパンだがな」
「こら、アルバーン、いいじゃないかそういうことは」




