第一二話 明日はお出かけ日和
夕食を囲むテーブルには、昼頃とは違った重苦しい空気が流れていた。というか俺が流している。
結局俺の攻撃は掠りもしないまま、初日の稽古が終わったのだ。
「母さん、俺って才能ない?」
「純粋な剣士には向いてないだろうな」
硬いパンを長い時間かけて咀嚼しながら、俺は天井を仰ぎ見る。
「お前の動きはしなやかで変則的だ」
「ん?動き自体は悪くなかったの?」
「ああ、まだ小さいから何とも言えんがな」
取り合えず運動神経はあるようだ。でもな・・・。
「一発くらいは当てたかったなぁ・・・」
「ん~、あと十年経てば、もしかすると当たるかもな」
強すぎるって、母さん。
コップの水を飲み下してから、彼女はまた口を開く。
「次の稽古からは方針を変えるぞ」
「何やんの?」
「ひたすら避けろ」
剣の型なんかは教えてもらえないのだろうか。俺が指導のお願いをしたのは、この世界の戦い方に好奇心を覚えたからでもある。ただ斬ったり避けたりじゃ、俺の欲求が満たされないかもしれない。
「死なないことが最優先だ、小手先の技術など二の次三の次でいい」
俺の表情から内心を見透かしてか、母さんは俺の目を見ながら言った。さらっと聞き流すには重すぎるトーンだったので、俺は神妙な面持ちで頷いた。母さんは それにな、と言葉を続ける
「技術面では私より適当な師を探した方が良い。勿論指摘できる部分はしていくがな」
今度は比較的明るいトーンだった。どうやら母さんは正功法で戦うタイプの様だ。きっとそれが軍人流なのだろう。
「じゃあどういう人が良いの?」
「軍人や騎士ではあまり適任はいないだろうなぁ、傭兵か冒険者か、とにかく型に嵌らない戦い方が出来る者が良いな」
この世界に冒険者なる職業があるのは、爺から聞いている。ゲームだったらドラゴンや魔王を倒したりするイメージだが、こっちではトレジャーハンターの意味合いが強い。
因みにこの城があるキングスフィア王国では、トレジャーハントをするための部隊が公式に設立されているので、冒険者はいないらしい。勝手に冒険者活動をしたら盗人扱いでぶち込まれるのだ。なんとも世知辛い事で。
「はぁ、結局母さんは当てにならなかったか」
「す、すまない・・・」
一発も当てられなかった腹いせに嫌味をお見舞いしてみたら、また母さんの瞳からハイライトが消えてしまった。イジるにはまだ早かったようだ。
「嘘だって!明日もお願い!」
「お前の体は・・・まだ幼い。稽古は、三日に一度、だ・・・」
死にかけの老婆の様な声で答える母さん。こりゃやっちまったな。
「学長、傭兵か冒険者の知り合い居ないっすか?」
翌朝俺は、庭で気付け薬の材料をすり鉢に放り込みつつ、隣に座る爺に質問してみた。長く生きてそうだし、コネクションの一つや二つあるだろう。
「居るが、人に紹介しようと思える人格ではない。少女では力量不足か?」
俺が指南役を探しているのはバレてる様だ。
「俺の戦い方が変だから、うまく教えられないかもって」
「ふむ、若いな」
そういう問題なのだろうか。俺はゴリゴリとすり鉢の中身をかき混ぜ始める。
「一人、心当たりがある」
「ほんと?」
思わず手が止まってしまい、爺に目線で注意される。ゴリゴリ。
「連絡が取れるか分からぬ上、生きておるかも分からぬ。少々神経を使うので話しかけるでないぞ、久方ぶりに奴の居場所を探る」
爺が瞳を閉ると共に、薄っすらと威圧感の様なものがにじみ出て来た。これが魔力というものなのだろうか。
「繧エ繝悶Μ繝ウ縺ョ邇」
髭もじゃの口から呪文が呟かれるとより一層圧力が増した。爺に集中していたらこっちの神経が持たない、俺はひたすらにすり鉢を混ぜる。
「これは・・・」
急に威圧感が消えたが、どうしたんだ?
「奴は王都郊外の牢獄に居る」
王都郊外に牢獄なんてあったか?以前受けた地理の講義では教わらなかったぞ。
「なんですか?そこ」
「もう数十年前に捨てられた牢獄だ。当然看守は一人もおらず、囚人たちは投獄されたままのな」
「生きてるんですか?その人」
看守が居なければ食事も出ないし、囚人同士で喧嘩になっても仲裁が入らない。数少ない食料の奪い合い、感染症の蔓延。
想像するのも気が引ける生き地獄だろう。
「儂の魔法が途中ではじかれたことから、奴は最重要犯罪者が投獄される地下牢におるのが分かった。五分五分といったところだな」
数十年放置されて生きてる可能性があるだけであり得ないことだ。しかも最重要犯罪者って、どんな人なんだろうな。
「会いに行ってみるか?」
「え!?つーかそんなパッと行ける距離なんですか?」
「運良くな」
この城の近くにそんな場所があっただなんて。母さんはこの牢獄について知っているのだろうか?
いやいや、最重要犯罪者だぞ?俺はまだ3歳そこそこだし、取って食われちまうんじゃ・・・。
「犯罪者でしょ?大丈夫なんすか?」
爺は木々を見つめながら立ち上がる。
「案ずるな。奴が投獄された理由は、人種差別によるものだ」
誰かを攻撃し、優位に立ったと思えないと生きていられない哀れな人、そしてそれを利用する為政者。そういう構造はこの世界にも健在なようだ。
「奴との邂逅は、儂がまだ我武者羅に魔法の道を究めんとしていた頃だった。そして奴は知的で、心優しく――」
爺の目が、遠い遠い過去を見つめるように細められる。
「誰より強い男であった」
爺は振り返り、正面玄関へと歩き出す。
「明日、稽古は無いのだろう?出向くとしよう」
初めてこの城の周辺以外の景色を見ることになりそうで、正直ワクワクしている。
牢獄に謎の人、怖さも少しあるが、爺がついてるのでなんとかなるだろう。というか好奇心が抑えきれない。
「はい!」
「その気付薬はあと50回ほど混ぜた後に乾かせば完成だ、小僧」
「はい!」
忘れてた。




