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神と一緒に落ちたなら  作者: 猿ヶ瀬 黄桃
第一章 もう一つの世界
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第一話 男が居た

 午後のオフィス街を男は一人で歩いていた。太陽がうざったらしいのか、しかめっ面で。当てがあるのかないのか、フラフラとただ歩を進める。

 すると、洒落たコーヒーショップに並んでいるスーツを着た男女が目に入った。男性の方は上司なのだろうか。自慢なのか説教なのかよくわからない戯言を女性に喋ると、彼女は頷き、そうなんですねーすごいですねーと、テンプレートを繰り返している。

(ストレス溜まるんだろうなぁ、働くって。)

と、心の中で独り言つ。

 男はまだ社会に出ていないのだ。


 大通りから、人のいない方へ、いない方へと道を曲がる。気づけば男は、人が二人すれ違えるかどうかの幅の路地を歩いていた。男の心を毛羽立たせていた太陽は、ビルの陰に隠れている。

 男はおもむろにズボンのポケットをまさぐる。小銭や鍵でゴチャゴチャになったそこからライターと煙草をなんとか引っ張り出すと、パッケージの上側、銀紙の破けていない方を何度かデコピンした。

破けた方から飛び出してきた煙草を口に咥え、火をつける。

「スー、・・・フウッ」

けだるさと一緒に煙を吐き出した。


 男は孤独に苛まれていた。友人がいないわけではない。実際に、さっき大学の一時限目の授業後に、おつかれ の四文字を大量に口にした。

 男はふと、大学の教授が、近頃の若者の友人関係の希薄さについて語っていたことを思いだした。

(クソ、結局友達いねーのか?俺)

男は諦めた様な笑みを浮かべ、束の間の休息を吸い込む。


 男は、毎晩喧嘩を繰り返す両親を物心つく前から見てきた。それでも幼い時分では、心のどこかで両親を信じたかったのだろう、喧嘩するほど仲がいいという言葉を心の支えにしていた。

 ある日、小学校中学年のころだったか。学校で習いたてのグーグル検索をしているうちに、ふと思い立った。そうだ、自分の母親の名前を入れたらどうなるのだろう、と。

 そうしたら母親のブログをみつけた。そこでは知らない中年男性と母親が、歯の浮くようなセリフを交互に送りあっていた。やれ、君に早く会いたいだの、愛がなんだのこうだのと。

 この世の汚い部分のごく一部を、幼いながらに理解した。


「スゥーー・・・、フゥー」


紫煙が上り、電線で裂かれて散るのを、諦めた眼で見送った。


 男は、自分に何かが足りないのは、うっすらとわかっている。きっとそれが孤独の源なのだ、とも思っている。男の感じてきた辛さなど、客観的に見れば大したことは無いのかもしれない。ただ、それと向きあえるほど、男の心は強くなかった。

男は煙草を咥えながらぐちゃぐちゃに絡まったイヤホンをポケットから引っ張り出し、どうせこんな所には誰も来ないだろうと、半分絡まったままのイヤホンで現実逃避を重ねる。一時の気晴らしになるので、男はハードな音楽やヒップホップを好んで聴くのだが、今日は趣向をこらせてレゲエでも聴こうと再生ボタンを押したその時。


 視界が歪んだ。

路地の汚いビルの壁に寄りかかり、何とか正気を保とうとする。しかしついにはぐるぐると回り始めた世界が、男の頭から思考の余裕を削り取っていく。

(ああ、なんだ、これ)

男は膝をついた。煙草はまだ咥えたまま。

(もう、終わっていいのか?)

意識が遠のいていく。流れている曲はなんだったか思い出せない。しかし歌詞は聴き取った。

(天国は地の底にある、か)

俺はこのまま地の底に行くのだろうか、と思ったが、すぐに思い直した。

(ここでタバコ吸うの、条例違反かな、だったら天国いけねぇや)

ついに仰向けに倒れた。目も見えなくなってきた。しかしイヤホンからは、立ち上がれ、諦めるなとしゃがれた声で聴こえてくる。残念ながら、死を拒むのにさしたる理由のない男の心には、届かない。

「スゥー・・・、フッ、フフ」

笑いながら煙を吐き出し、そして男は最期に、かすれた声で呟いた。


「バイト、さぼっちゃったよ」




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